IGS通信 2015

シンポジウム:はたして日本研究にとってジェンダー概念は有効なのか?

お茶の水女子大学創立140周年記念シンポジウム
はたして日本研究にとってジェンダー概念は有効なのか?:人類学の視座から改めて問う

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棚橋 訓氏
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マリー・ピコーネ氏
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松岡悦子氏
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加藤恵津子氏
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新ヶ江 章友氏
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熊田陽子氏
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猪崎弥生氏
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  2015年11月14日、お茶の水女子大学設立140周年記念国際シンポジウム「はたして日本研究にとってジェンダー概念は有効なのか――人類学の視座から改めて問う」が開催された。シンポジウムでは、棚橋訓氏(お茶の水女子大学)が司会を務め、マリー・ピコーネ氏(お茶の水女子大学・フランス社会科学高等研究所)、松岡悦子氏(奈良女子大学)、加藤恵津子氏(国際基督教大学)が発表した。その後、ディスカッサントの新ケ江章友氏(大阪市立大学)、熊田陽子氏(日本学術振興会)による問題提起と発表者による応答、さらに60名を超える一般参加者を交えた全体討論が行われた。
ピコーネ氏からは、「胎児の死と中絶をめぐるジェンダー化の諸相:ヨーロッパの実践的変容と日本の水子供養の対比的考察から」と題し、日本の水子供養とヨーロッパにおける胎児の死にまつわる認識や儀礼行為との比較とそれぞれの通時的変化に関する考察が提示された。発表の目的は、ジェンダー概念と深く関わる再生産領域の「伝統の創造」を検証することである。ピコーネ氏は、水子供養を1950-1995の第一期と、1995-現在の第二期に区分し、第一期の水子供養は仏教団体を中心に行われ、動機の中心には祟りや恨み、罪の意識といった否定的感情と家族への厄災への恐怖があったと分析した。他方、第二期の水子供養については、より多様なアクターが関わる、女性が自らの悲しみを吐露することやそこから得られる癒しが重視される行為になった、と分析した。またフランスでは、従来は歴史的に堕胎や流産を女性の罪とみなすカトリック教会の見解が中心であったが、近年では医療従事者による世俗的なグリーフケアが重視され、悲しみを受けとめることに肯定的な意味付けがされるという変化がみられるという。ピコーネ氏は、日本とフランス、双方の事例において、胎児を失った女性たちへのケアという発想が僧侶や医師の認識を変化させ、また時系列的には、女性の心理的負担を軽減する方向に向かっていると指摘した。
松岡氏は「ジェンダーなのか文化なのか――文化人類学にとっての難問」と題した発表で、文化人類学とジェンダー概念のそれぞれにおいて問題化される権力関係を整理した上で、インドネシア、バングラデシュ、韓国、台湾、日本におけるリプロダクションの事例考察から、ジェンダー概念の有効性を検討した。問われたのは、文化人類学が拠って立つ文化相対主義とジェンダー概念に内包される社会変革への希求との関係性と、文化人類学におけるジェンダー概念の意義である。松岡氏はまずジェンダー概念が西欧起源の思考様式であること、目を向けるべき格差の要因はジェンダーに限られないこと、ジェンダーがスペクトラムであるという3つの問題を提示しつつも、文化人類学とジェンダーのアプローチには、現場の視点(女性の視点)や文脈を重視することに共通点があると指摘した。そして、女性の身体をアリーナにしつつ医療・政策・資本主義・家父長制が重なる事象として、非西欧世界のリプロダクションを事例に挙げ、ジェンダー概念が弱者にとってのエンパワメントや、抑圧的な文脈を理解するための手段になりうること、グローバル化の中で様々な問題をめぐり共通のルールが求められる現在において、その重要性が一層高まるであろうことを指摘した。
加藤氏は「〈男〉〈女〉〈その他:___〉:ポストコロニアルな日本をジェンダー・カテゴリー化する」という発表で、現時点においてジェンダーが、階層的関係を内包した非平等な事象であるが故に、現代日本の文化人類学的研究ではジェンダー概念が有効であると主張した。加藤氏によれば、女性をめぐる過度なセクシュアリティの重視は、西欧世界から見た日本をめぐるセクシュアリティの重視と同じ構造を持つ。すなわち、男性ではない女性、もしくは西欧ではない日本という、否定形によって階層の下位に配置されるものにセクシュアリティの強調がみられるのである。また、同じ構図において、女性に並び男性でないもの、つまり性別でいうところの〈その他〉 である性的マイノリティもまた、男性を基点とした「~でないもの」として下位に位置づけられている。加藤氏はここに、コロニアルな征服者の眼差しと、否定によって相手の優位に立つ〈男〉の眼差しが交差する、と指摘する。加藤氏は、こうした階層的非対称性を明らかにし、そうした階層性に敏感であることを促すものであるが故に、日本をフィールドとする文化人類学者にとってジェンダー概念は有効であり、必要であるとする。
これらの発表に対し、新ケ江氏は、ジェンダー研究に、ジェンダーという事象を対象にした研究とジェンダーを分析概念として用いる研究の二つがあると指摘し、対象としてジェンダーを描くことに不可避に持ち込まれる権力の再生産と当事者性の問題があるとした。また同じくディスカッサントの熊田氏からは、ジェンダーが持つ階層性を逆に資源として生きる女性の捉え方や、否定形による属性の定義とセクシュアリティや性の間の関連性が非西欧世界で持つ汎用性について疑問が呈された。
休憩をはさんで行われた全体討論では、当初の時間を30分延長し活発な議論が行われた。フロアからは、ジェンダー概念の核心をつく鋭い指摘もあった。とりわけ、ジェンダー概念とジェンダー公正との関わりにおける柔軟性こそ、ジェンダー概念が優れた学術概念たりえる、との指摘に応える形で、文化人類学におけるジェンダーに関わる現状と可能性が改めて整理された。それにより、ジェンダーが規範的と分析的という二つの側面を併せ持つ概念であること、現在の日本の学界状況においては、セクシュアリティを対象にした研究がジェンダー研究に埋もれた状況にあり、今後セクシャリティ研究のさらなる発展が必要であること、現在の日本社会が経験するめまぐるしい変化を捉える上でジェンダーが有効な切り口の一つであろうこと、の3点が確認された。

(記録担当:鳥山純子 日本学術振興会特別研究員PD)

《開催詳細》
【日時】2015年11月14日(土)13:30~16:00
【会場】お茶の水女子大学 共通講義棟2号館102号室
【報告者】
マリー・ピコーネ
(IGS特別招聘教授/フランス社会科学高等研究院)
松岡 悦子(奈良女子大学)
加藤 恵津子(国際基督教大学)
【ディスカッサント】
新ヶ江 章友(大阪市立大学)
熊田 陽子(日本学術振興会特別研究員SPD)
【コーディネーター】
棚橋 訓(お茶の水女子大学)
【開会の辞】
猪崎弥生(お茶の水女子大学副学長/グローバル女性リーダー育成研究機構長)
【閉会の辞】足立眞理子(IGS教授)
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【共催】お茶の水女子大学グローバルリーダーシップ研究所
【参加者数】63名

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