IGS通信

国際シンポジウム「日本における独身、ひとり暮らし、ワーク・ライフ・コンフリクト」

国際シンポジウム「日本における独身、ひとり暮らし、ワーク・ライフ・コンフリクト」

2018年2月21日(水)、お茶の水女子大学にて、国際シンポジウム「日本における独身、ひとり暮らし、ワーク・ライフ・コンフリクト」が開催された。本シンポジウムは、アネッテ・シャート=ザイフェルト特別招聘教授の企画によるものである。基調講演に西オーストラリア大学のローラ・デイルズ氏とシンガポール大学の何水霖(ホー スイリン)氏、コメンテーターに大阪大学のスコット・ノース氏とハインリッヒ・ハイネ大学デュッセルドルフのノラ・コットマン氏を迎え、単身者の属する世帯の実態、就労、友人ネットワークなどの視点から、独身化をめぐる社会課題について、学際的な議論が展開された。

シンポジウム冒頭の、シャート=ザイフェルト氏による趣旨説明「日本の人口調査にみる生涯未婚者」では、独身化および非婚化の背景には、人と人の関係の変化や、雇用・経済状況、個人のライフスタイルの変化など、多様な因子があることが指摘された。また、同様の独身化は、欧米・アジア諸国でも、福祉国家であるか否かに関わらず見られるとのことである。しかし、現状分析や将来的な社会への影響に関する実証研究はまだ限られており、本シンポジウムの場において、今後の研究深化に向けた議論をしたい旨が説明された。

ローラ・デイルズ氏の研究報告「独身女性とその世帯」は、2009年以降に実施したインタビュー調査の結果に基づき、メディアに氾濫する、自由に華やかな消費生活をするシングル女性のイメージが、現実の独身女性の生活の実態を反映したものではないことを指摘した。「独身」として数えられる者のうちには、一般的にそうと認識される未婚者のほか、結婚しないことを選択した非婚者、離婚者、寡婦、同棲中、同性愛者など法的に結婚できない者といった多様性が見られる。晩婚化の原因に女性の高学歴化が挙げられることが多いが、デイルズ氏の調査結果によると、それ以外の、社会階層や家族の支援の有無、都市と地方の別や経済状況といった要素の影響が高いとのことである。

独身の女性は、アイデンティティとセキュリティを、結婚以外で見つける必要がある。仕事は、社会的に容認された自己実現の手段であり、経済的自立を可能にすることから、有償労働はこの二つを同時にもたらしてくれる。とはいえ、親と同居を続ける「パラサイト」には、働いてはいても独立世帯を営むことができない経済的苦境を原因とするケースがあったり、シングルマザーのように扶養家族とそのケアという責任を持つ者は、比較的低賃金の非正規職にしかつくことができないなど、経済面での困難は多い。日本に代表される家族主義非福祉国家では、家庭内の女性がケア労働の担い手となることが前提とされており、それが、独身女性にとっての社会的障害となっていることも示された。

次に、何水霖氏の研究報告「ジェンダー化された雇用不安:日本の女性管理職のアンビバレントで葛藤のある生活」では、デイルズ氏の報告で提示された女性の就労についての課題が掘り下げられた。何氏の調査対象は、結婚歴を問わず、仕事に重きを置くライフスタイルを続ける女性管理職であり、彼女たちへのインタビュー調査をもとに、「管理職になること」の実態が明らかにされた。1990年代以降、いわゆるバブル経済の崩壊と、政府主導による女性活躍社会推進政策を背景に、企業は構造改革の試みを繰り返して来た。その中で、女性労働者は、管理職になるチャンスも与えられて来たが、実態は「名ばかり管理職」で、仕事と責任は増えても昇給は伴わなかったり、意思決定に参加することができない立場であったりする。そうした悪条件にも関わらずその昇進を承諾する理由には、新しい肩書きを得ることが次のより良い肩書きにつながるという希望があると女性たちは言うが、これが悪循環を生じさせていることも事実である。

構造改革や女性活躍の推進という要請を受けた企業は、表面的な変化で企業イメージの向上を図っているが、そこから労働者の利益は生み出されておらず、むしろ、管理職にすれば残業代も払わずに済むという、労働基準法41条の抜け道を使うなどして労働者に負担を強いている。しかし、労働組合が弱体化している日本企業においては、労働者は戦う力を持たない。管理職の女性たちは、自分のお金、時間、努力を費やして、仕事のためのスキルアップや人間関係構築に努めているが、その努力が報われるためには何が必要なのかという疑問が呈された。

続いて、スコット・ノース氏によるコメントでは、二つの研究報告により提示された社会課題に対する、政策の欠陥が指摘された。「女性活躍促進」という政府のイニシアチブは、一見進歩的ではあるが、その実、女性に求めているのは様々な社会課題における緩衝装置としての、男性支配社会を維持するための柔軟性である。労働生産人口が減れば、その穴を埋めることが求められ、社会保障政策において介護の手が不足すれば、そこへの貢献も求められる。その考え方の基礎にあるのは、100年以上前に明治民法により創り出された、「20世紀的な家族」、婚姻によって形成される再生産のための家族をモデルとした世帯というフィクションである。故に、女性が独身でいることは規範外とされて、問題視される。このような女性の取り扱いが、例えば、相応の所得がなければ家庭を持ちたくても持てないというような、男性にとっても不利益となることを生じさせている面もあり、単なるスローガンに留まらない、法制による機会均等の担保が必要である。

労働者の置かれた環境についても同様であり、長時間労働や女性に対する差別、家父長主義的経営構造が、伝統や慣習として正当化され、違法なものとして取り締まられない現状がある。その中で衝突を避けるには、自分の意に反しても伝統的なジェンダーの役割を演じる必要性もあり、女性管理職にとっては、それが男性支配を自然とすることに加担する苦悩につながる。また、これはシステムの問題であるにも関わらず、女性管理職たちは自分を責めてしまう傾向にあり、葛藤はより大きなものになる。政治リーダーたちには、これらの現状をきちんと理解し、創意と共感力をもって、独身化という社会的変化に対応することが求められる。

ノラ・コットマン氏のコメントでは、まず、何氏の報告タイトルにある「precarity」の概念についての解説がされた。「雇用不安」という訳語が当てられているが、単なる雇用不安を超えた、生活の不安定化に起因する恐怖心や不確実性を指す語であるとのことである。また、このような不安定化を作り出すことは、新自由主義の統治の手段であり、階層的な不平等を利用して継続される。つまり、新自由主義下では、雇用不安も不平等も解消されないのである。

続いて、現代の独身女性たちがそのような不安定状況に面して、個人的ネットワークと個人的空間の確保を持って対処していることが、コットマン自身のインタビュー調査の結果を引いて説明された。従来であれば、家族に期待する相談相手の役割や情緒的サポートを、独身者は友人関係など、別の社会的つながりから得ている。そうした友人関係を、独身者はとても大切にしているという。また、独身者は、自由になれる空間として、自分自身の住居、または居室を持つことが必要だと考えているという。結びとして、これらの人的ネットワークや空間確保の必要性は、独身者に限られたものなのかという問いが投げかけられた。

これに続く質疑応答においては、ワーク・ライフ・コンフリクトや、大都市圏と地方の違いについてなどの質問が出され、登壇者たちとのやり取りが活発になされた。今回のシンポジウムは、コーディネーターであるシャート=ザイフェルト氏による、独身化社会とジェンダーに関する研究課題を探る試みでもあったが、学内外から多くの参加者があり、同課題への関心の高さもうかがえた。この場の対話を基に、どのようにこの研究が深化していくかが楽しみであり、近い将来、本学において研究成果報告の機会が持たれることが期待される。

記録担当:吉原公美(IGS特任リサーチフェロー)

【日時】2018年2月21日(水)13:00~16:00
【会場】共通講義棟2号館102
【コーディネーター/司会】
アネッテ・シャート=ザイフェルト
(ジェンダー研究所特別招聘教授/ハインリッヒ・ハイネ大学デュッセルドルフ近代日本研究学部教授・独)
【イントロダクション】
アネッテ・シャート=ザイフェルト
「日本の人口調査にみる生涯未婚者」
【研究報告】
ローラ・デイルズ(西オーストラリア大学アジア学助教授・豪)
「独身女性とその所帯」
何水霖[ホー スイリン](国立シンガポール大学社会学部助教授)
「ジェンダー化された雇用不安:日本の女性管理職のアンビバレントで葛藤のある生活」
【コメンテーター】
スコット・ノース(大阪大学社会学教授)
ノラ・コットマン(ハインリッヒ・ハイネ大学デュッセルドルフ近代日本研究学部講師)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】日英(同時通訳)
【参加者数】74名
【成果刊行】IGS Project Series 18

 

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