IGS通信

セミナー(生殖領域)「ケアのインフラストラクチャ―としての臨床データ報告」

IGSセミナー(生殖領域シリーズ)「ケアのインフラストラクチャ―としての臨床データ報告:生殖補助技術(ART)の臨床結果登録に対するフェミニストアプローチ」

本セミナーはIGSとして初めての試みとなるオンライン(Zoom Webinar)での公開国際セミナーであった。平日の昼間の時間帯であったにもかかわらず多くの参加があった。今回、英語を主言語とするセミナーであったため、登録者全体の約25%は台湾や韓国、アメリカなど国外からの参加者だった。そして逐次通訳を付けてのセミナーだったため、日本の参加者からも積極的に意見や質問があがった。

本セミナーでは、まずNational Taiwan UniversityのChia-Ling Wu(吳嘉苓)氏がData Reporting as Care Infrastructure: Feminist Approaches to ART Registriesというタイトルで、日本、台湾、韓国の生殖補助医療技術の臨床データの管理等のあり方について報告した。そしてWu氏のこの研究プロジェクトの共同研究者でもある明治学院大学の柘植あづみ氏が日本の状況について補足し、その後コメントを述べた。またWu氏の別の共同研究者である韓国のJune-Ok Ha 氏 (国立韓国近代歴史博物館研究員)も韓国から本セミナーに視聴者として参加していたため、Ha氏にも途中から飛び入り参加してもらい、日本、台湾、韓国をつないでの討論となった。

報告者のWu氏は、フェミニスト的なケア研究に基づいて、柘植氏とHa氏とともに臨床データの収集や扱いをケアのインフラストラクチャーに関連づけて分析をすすめてきた。3人は2020年に学術雑誌『東アジア科学技術社会:国際ジャーナル』(East Asian Science, Technology and Society 14)に、“Data Reporting as Care of Infrastructure: Assembling ART Registries in Japan, Taiwan, and South Korea”(ケアのインフラストラクチャとしてのデータ報告:日本、台湾、韓国におけるART登録の構築」( pp.35-59)を発表し、本セミナーでは、この論文の中から、先端生殖医療技術(ART)関連のデータが女性や出生児の利益や健康につながる臨床の実践を促進するエビデンスに基づいた政策づくりのためにどのくらい活かされているかについて、日本、台湾、韓国を比較分析した結果を報告した。

生殖補助医療における臨床データを収集する目的は日本・台湾・韓国でそれぞれ異なる。日本では日本産科婦人科学会が主体となって生殖補助医療の臨床データを収集し、日本国内で生殖医療を実施しているほとんどのクリニックがデータを提出し、その結果を一般公開している。そして安全な医療の提供やさらなる医療の進歩を目的に、データの収集項目には不妊治療を受ける女性の妊娠・出産の経過や合併症の発生率、出生児の多胎や障碍の発生率とその内容も提示されている。しかし、台湾と韓国はこうした臨床データの管理は国が主体となって行っており、一般には公開されておらず、ともに生殖医療技術の高さを国内外に示す意図が強いため出生児数にばかり焦点が当てられている。そして台湾・韓国とも高い成功率(出産率)を求めて妊婦や出生児にリスクの多い複数胚移植が数多く行われているが、妊婦の健康状態や未熟児の多さ、出生児の障碍などを示す項目はない。Wu氏は日本の実践がケアのインフラストラクチャ―としてうまく機能していると述べた。

Wu氏の報告のあと、柘植あづみ氏より簡単に日本のARTデータ公開システムの歴史的経緯や現状について紹介があり、その後Wu氏の報告についてのコメントとともに質問が提示された。柘植氏は生殖補助医療技術の実施とその結果に関するデータを(患者の)ケアのためのインフラを築くために使うというのは、非常に重要なアプローチだとまず述べた。そして日本では専門家団体である日本産科婦人科学会が主体となってARTデータの統計をとっており、データ報告も各クリニックの自主的な提出であるにもかかわらず、ほとんどのART実施施設がデータを報告している。その一方で、台湾ではART統計は政府が主導して行われており、医療機関のデータ提示を法によって規定している。そこで柘植氏からの第一の質問は、このART臨床結果の統計を政府が主導し、法による規定のもと構築することの利点と欠点とは何かということだった。この質問に対し、Wu氏は、利点はデータの収集が徹底される点、欠点は、トップダウン的な取り組みなので、医療機関や医師は政府からの要請でやっているだけで、このデータ収集の重要性について現場の側から主体的に考えることに欠け、それがデータ項目の拡大の必要性などに対する認識の甘さにも影響し、ケアのインフラとして活用するには不十分なデータのままになってしまっている点をあげた。

また柘植氏は日本でARTのリスクに関するガバナンスがよくなったのは、女性へのリスクへの懸念よりも超低体重児の出生増加など出生児へのリスクが問題視されたことや、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の統計については、OHSS患者による裁判がおこったことも影響してきたためで、日本のART統計の構築にフェミニストアプローチはそれほど強く働いていないように感じていると述べた。そして第二の質問として、ART統計の構築においてフェミニストアプローチを実践する上で、不可欠なこととは何かとWu氏に質問を投げかけた。Wu氏は、統計は単に自国の医療技術の高さを示すためにまとめるのではなく、女性や出生児にとってARTがより安全に実施されるようになることを目的に活かされるべきで、それには、ARTに関する政策立案にフェミニスト活動家や当事者等、様々な立場の人も関与させるべきだと述べた。

 参加者から多くの質問もあり、討論も非常に活発に展開された。ケアのインフラストラクチャーとしての見方を深く考えさせられる内容だった。

記録担当:仙波由加里(IGS 特任リサーチフェロー)

《開催詳細》
【日時】2020年7月16日(木)12:15~13:45(日本時間)/11:15~12:45(台湾時間)
【会場】オンライン開催
【報告】吳嘉苓(ウー・チアリン)(国立台湾大学教授)”Data Reporting as Care Infrastructure: Feminist Approaches to ART Registries”
【討論者】柘植あづみ(明治学院大学教授)
【司会】仙波由加里(お茶の水女子大学 IGS特任RF)
【主催】ジェンダー研究所
【使用言語】英語(日本語逐次通訳有)
【参加者数】64名
【開催案内】https://www2.igs.ocha.ac.jp/events/2020/07/0716/