IGS通信 2016

セミナー「ポスト新自由主義の未来を想像する」

IGSセミナー報告「ポスト新自由主義の未来を想像する――エクアドル市民革命のクィアな(不)可能性」

6月30日(木)、エイミー・リンド教授(米・シンシナティ大学 女性・ジェンダー・セクシュアリティ学 学部長)による講演会が開催された。リンド教授は、政治経済学、ポストコロニアル研究、フェミニズム、社会運動と広い分野にまたがる研究に従事している。

格差拡大や金融不安定化など新自由主義経済の危機がグローバルに波及する中、2000年代半ばから中南米で左派政権が相次いで誕生したことは、日本でも一時注目を集めたが、ジェンダー、セクシュアリティ、植民地主義といった観点からの報告はほとんどなされていないように思う。その意味で、長年エクアドルをフィールドとし、現地の大学で教鞭もとっているリンド教授から、今回、左派政権による改革プロセスについて、しかも「クィア政治」という観点からの報告を聞くことができたのは、たいへん貴重な機会であった。講演では、左派革新政権と社会運動との緊張関係に焦点をあてながら、この改革がはらむ可能性と矛盾について議論された。

エクアドルでは2007年に社会主義者のラファエル・コレアが大統領に選出され、「市民革命」と呼ばれる改革がスタートした。その法的基盤となったのが、2008年の改正憲法である。リンド教授によれば、先住民族運動、LGBT運動、フェミニスト運動などさまざまな社会運動が議論に参加したこの改憲は、ポスト新自由主義経済への移行だけでなく、はるかに広く深い変革を志向するものであった。

なかでも注目されるのは「家族」の再定義である。新憲法は、家族が血縁に基づく関係のみに限定されないことを承認し、LGBTが形成する家族や、ひとり親家庭、国境をまたいで形成される移民の家族など、多様な関係性に基づいて組織される家族を包摂し、再分配へのアクセスを保障する。さらに、先住民族の自治と主権を認めてエクアドル国家を「多元的なネーション」としたこと、「自然の権利」を書き入れたことに見られるように、2008年憲法は、家族、ネーション、経済、生命、市民権といった概念の意味づけなおし(resignification)を行うものであった。異性愛主義・植民地主義・新自由主義という従来の支配的規範からの離脱を志向する点において、この憲法は「クィア」な未来への可能性を開くものであったとリンド教授は指摘する。

一方で、このラディカルな「市民革命」は深刻な矛盾もはらんでいた。社会主義者でありながら敬虔なカトリックでもあるコレア大統領は、LGBTの権利擁護の姿勢を積極的に打ち出す一方、中絶の合法化を含む女性のリプロダクティブライツに対しては抑圧的で、国家女性省も廃止されてしまった。また、石油採掘や水資源の民営化に反対する先住民族運動や環境運動に対してもきわめて抑圧的であるという。

この矛盾をどう理解すべきだろうか。リンド教授は、国家における同性愛保護(homoprotectionism)と同性愛嫌悪(homophobia)との交差を指摘する。イスラエルがパレスチナ占領政策を正当化するために「中東で唯一のLGBTフレンドリーな国家」を標榜しているように、政府はしばしばLGBTの権利擁護を、何らかの目的を達成するために利用してきた。新自由主義、植民地主義的規範からの離脱をめざすエクアドルの「革命」においても、LGBTの権利は近代性と結び付けられ、解体されたかに見えた二項対立の規範は再構成されているのである。こうして「クィアネス」の可能性は開かれつつも同時に不可能性を示すように見える。

ここまでの議論からわかるように、リンド教授は「クィア」という概念を、セクシュアリティ・ジェンダー規範から外れる存在を示すカテゴリーの一つとしては扱っていない。では「クィア」とは何か? 支配的規範に反する立場はすべて「クィア」と言いうるのだろうか?

リンド教授は、クィアの単一の定義はないとしながら、「私にとってクィアとは、制度化され自然化された二項対立的規範を脱構築し乗り越えるための方法論」とする。多くの国家が社会の基盤として家族を位置付けており、これは市民権の基礎ともなっている。したがって異性愛規範への批判は、国家と人々との関係を考え直すうえで核心となるのである。また売春規制や人種分離の法に見られるように、植民地主義において異性愛規範は中心的な役割を果たしてきたといえる。「クィア」をめぐる学術的理論化とは別に、活動家たちはそれぞれのローカルな文脈において単一のアイデンティティ・カテゴリーを超えて社会正義を追及しようとしてきた事実を強調していたのも、社会運動に敬意を払いながら調査をしてきたリンド教授らしい回答であった。

ポスト植民地主義・ポスト新自由主義・ポスト異性愛規範をめざすエクアドルの「市民革命」の可能性と矛盾から、私たちは何を学ぶことができるだろうか。ひとつには、異なる政治的文脈の中で、国家の同性愛嫌悪と同性愛保護がいかに作用しているかに注意深く目を向けることであろう。日本においても同性パートナーシップを中心にLGBTの権利擁護の議論が盛んになっている状況について、あるいは「女性の活躍」が打ち出されている状況について、それがどの程度、異性愛規範に基づく家族制度に挑戦するものであり、どのような地政学的文脈の中で展開されているか、どのように植民地主義の遺産と関連しているのかを批判的に検討してみることは有用だろう。とりわけ、エクアドルと異なる方向性を志向する日本の改憲論においても、「家族」の意味づけなおしがひとつの焦点となっていることは興味深い。会場には研究者だけでなく社会運動に関わる人々も多く参加し、実践と理論の両面で多くの刺激に満ちたセミナーとなった。

報告:本山央子(大学院博士後期課程 ジェンダー学際研究専攻)

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【日時】2016年6月30日(木)18:30~20:30
【会場】お茶の水女子大学人間文化研究科棟 604大会議室
【講演】エイミー・リンド(米・シンシナティ大学教授)
【司会】本山央子(大学院博士後期課程 ジェンダー学際研究専攻)
【担当】足立眞理子(IGS教授)、臺丸谷美幸(IGS特任RF)
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【参加者数】39名
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所(IGS)

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