IGS通信

セミナー「日本における男らしさの表象」

IGSセミナー報告「日本における男らしさの表象」

2017年12⽉18⽇、⽇本政治思想史が専⾨の渡辺浩⽒(東京⼤学名誉教授)をお招きして、徳川時代から明治にかけての「男らしさ」について考えるセミナー「日本における男らしさの表象」を開催した。

当⽇の報告は「どんな「男」になるべきか:徳川・明治⽇本の「男性」理想像」と題して⾏われた。まず徳川体制下における「男」をめぐる問題がとりあげられ、男道に象徴される男同⼠の関係を重視する態度は、体制のあり⽅と当時の性に関する秩序を規定していたとされる。井原⻄鶴『男⾊⼤鑑』や⼭本常朝『葉隠』などのテクスト解釈から、「衆道」や「兄弟の契り」「念友」という⾔葉に象徴される男⾊が世に蔓延る⼥⾊に対して価値あるものとされていた。

こうした理想像は、吉原での武⼠への低評価や武⼠の妻になることへの嫌悪へとつながり、粋や物のあはれを理解しうる新たな男性理想像が⽣まれ出てくる。この理想像の変化に武⼠による体制維持の衰弱が看て取れるというのは興味深い指摘である。

もちろん武⼠の⽅でも、君⼦や義⼠といったあるべき徳⽬を具現化しようと、その地位の挽回を⽬指そうとするが、新撰組のように、武⼠ではないものに武⼠的なるもの(とりわけ剣術の巧みさ)を奪還され、いよいよその地位は凋落した。

そして迎えたのが維新⾰命であり、そこで語られた英雄や豪傑といったものに重ねられたイメージは、徳川中期以降に流⾏する三国志や⽔滸伝における英雄や志⼠だった。それは徳川時代においては滝沢⾺琴『南総⾥⾒⼋⽝伝』など、明治以降は兆⺠の『三酔⼈経綸問答』などにも反映され、各地の祭りでも英雄らのイメージが援⽤された。

⽂明開化以降に現れてくる新たな男性理想像は、「ミガラアリ、礼アリ、徳アル⼈、英語ノgentlemanニアテタ語」である紳⼠であり、『三酔⼈経綸問答』に豪傑君と並んで出てくる紳⼠君であった。

そして明治の後半には、藤村操や⽯川啄⽊に典型的な煩悶⻘年が現われる。そこに現れてきたのはアイデンティティが揺らいだ近代社会において、⾃⼰のアイデンティティを探求し悩む⻘年であり、同世代の⼥性にも、「新しい⼥」として、平塚らいてうなどが現われてくる。講演は徳川時代に始まり、この明治後半で締め括られた。

質疑応答においては、徳川時代における、あるべき男をめぐる多様な議論や、当時の独⾃な⾵俗習慣などにも及び、活発な議論が⾏なわれた。

ジェンダー研究所では、男の表象そのものに焦点を合わせたイベントが最近はなかったこともあり、また⽇本政治思想史における男の理想像という⼈々が抱いた意識が政治秩序へ、どのように関わり、また展開したのかということについて刺激的な知⾒を得たセミナーとなった。

記録担当:板井広明(IGS特任講師)


《参考書籍》

『明治革命・性・文明:政治思想史の冒険』
第六章 どんな「男」になるべきか:江戸と明治の「男性」理想像

渡辺浩 著

東京大学出版会 2021年6月刊
ISBN:978-4-13-030178-7

http://www.utp.or.jp/book/b577407.html

《イベント詳細》
IGSセミナー「日本における男らしさの表象」

【⽇時】2017年12⽉18⽇(⽉)15:00〜17:30
【会場】⼈間⽂化創成科学研究科棟604室
【司会】板井広明(IGS特任講師)
【講師】渡辺浩(東京⼤学名誉教授)
「どんな「男」になるべきか:徳川・明治⽇本の「男性」理想像」
【参加者数】46名