IGS通信

セミナー「地政学、安全保障、女性の身体」

IGSセミナー「地政学、安全保障、女性の身体」

11月9日、アメリカからデニス・M・ホーン氏、リンダ・ハスヌマ氏、メアリー・M・マッカーシー氏の3人の研究者をお迎えして、「地政学、安全保障、女性の身体」というテーマで二つの報告が行われた。司会はジェンダー研究所の申琪榮准教授が行った。

デニス・M・ホーン氏の報告は、インドネシアにおける人口調整政策の変遷を、グローバルな地政学の観点から分析したもの。共産主義の脅威の封じ込めという冷戦の論理の下、アメリカや日本による人口統制のための開発援助がいかに形成され、インドネシアのナショナリズム政治によって女性たちの身体の上に行使されてきたのか、権力の重層的な作用を緻密に読み解いてみせた。この過程において、オランダ植民地下で家父長制支配に抵抗したカルティニという女性像が母性の象徴として利用されてきた事実も興味深い。

さらに冷戦構造の崩壊後、グローバルな人口政策が「女性のエンパワーメント」を強調するものへと変わり、インドネシアでも民主化が起きてきたにもかかわらず、女性身体への統制が、かたちを変えながら強化されている現状についても指摘し、女性身体に介入するグローバル・ナショナル・ローカルな権力の複雑な関係について、深く考えさせるものであった。

リンダ・ハスヌマ氏とメアリー・M・マッカーシー氏は、アメリカにおける日本軍「慰安婦」を想起する運動について現在行っている研究を報告してくださった。日本政府に謝罪を促す2007年の米下院決議の採択以降、アメリカにおける運動は、主に公共の土地における記念碑設置を通したローカルな運動へとシフトしてきた。各都市における詳細な調査をもとに、お二人は、コリアン・コミュニティの存在感は重要な要素ではあるものの、幅広いアジア系コミュニティとの連帯形成、そして人権や正義といった普遍的な価値への訴えかけこそが、公共空間において「慰安婦」被害者を記念する意義について、人々を説得する鍵となっていることを示した。

さらにこの運動は、多様でクリエイティブな教育・文化プログラムを通して、アジア系にとどまらず、また若い世代を巻き込んでいる。高校生2人のイニシアティブによって最近ニュージャージーに建設された碑や、ユネスコ記憶遺産への登録をめざす国際運動は、こうした新たな展開の興味深い事例である。

討論では、インドネシアの移住家事労働者について研究を行っている平野恵子氏が、女性たちに母としての役割を果たすよう求めるナショナリズムの政治が、実際には家事労働者の存在によって支えられている側面について、またこの理想的女性像にムスリムという要素が後から持ち込まれていることについて指摘した。

在日朝鮮人女性の社会運動について研究を行っている徐阿貴氏は、かつてDV問題に取り組んでいたカナダのコリアン女性団体がコミュニティからの支持を得られていなかったことや、アメリカにおいて「慰安婦」記憶運動に関わった在日コリアン女性の経験を挙げながら、必ずしも均一ではないマイノリティ・コミュニティの中において、「マイノリティ中のマイノリティ」である女性たちがいかに自身のアイデンティティやフェミニスト課題と向き合ってきたのかという問いを提起した。

また、国際安全保障分野におけるジェンダー主流化について研究を行っている本山央子は、普遍的価値を強調する「慰安婦」運動が、一方において、冷戦下でこれらの記憶を抑圧してきたアメリカの役割を不可視化しかねず、また冷戦後に出現している新たな地政学において、普遍的な価値が脱政治化され、権力によって利用されている側面を不可視化してしまう危険を指摘した。 他の参加者からも多くの質問が寄せられ、活気あふれる議論となった。

(報告:本山央子)

 

 

《開催詳細》 【日時】2018年11月9日(金) 【会場】本館135室 【講師】デニス・M・ホーン(Simmons University, US)、リンダ・ハスヌマ(University of Bridgeport, US)、メアリー・M・マッカーシー(Drake University, US) 【主催】ジェンダー研究所 【言語】英語 【参加人数】17名