IGS通信

セミナー「「ジェンダーと開発」を問い直す」

IGSセミナー報告「「ジェンダーと開発」を問い直す:ダイアン・エルソンとの対話」

ジェンダー平等と経済発展との関係を問う分析を重ねてきた英エセックス大学のダイアン・エルソン名誉教授が来日し、2019年10月22日、お茶の水⼥子大学ジェンダー研究所主催のセミナーで講演をした。セミナーのタイトルは「『ジェンダーと開発』を問い直す:ダイアン・エルソンとの対話」で、講演のテーマは英国のEUからの離脱(ブレクジット)が⼥性に与える影響に関してである。セミナーでは3 人の討論者もそれぞれの研究成果を報告し、刺激に満ちた討論が行われた。

冒頭、司会の大橋史恵氏が「ジェンダーと開発の問題を幅広い文脈から議論したい」と挨拶した。続いてエルソン氏が、ブレクジットが英国に与える影響について、ジェンダーの観点から次の4点の指摘をした。

①GDPへの影響:多くの経済学者はGDPに対してマイナスの影響を予測しており、人々の生活水準を引き下げる可能性がある。

②⼥性労働者への影響:英国はEUによる規制のもとで、育児休業制度や雇用安定の権利などの権利を強化してきた。しかし、ブレクジット後は規制緩和が進み、⼥性労働者が保障されてきた権利が弱められかねない。

③公共サービスの利用者としての⼥性への影響:GDPが減少し政府支出が削減されると、特に脆弱性を抱えた⼥性たちにしわ寄せがいく可能性がある。また、今後の貿易交渉によっては北米の大企業が英国政府を訴えることができるようになり、環境問題や国⺠保健サービス制度(NHS)に悪影響を与えるのではと危惧している。

④消費者としての⼥性への影響:EUとの間の関税の導入やポンドの下落により、農産物の価格が上昇するとみられる。EUの厳しい食品規制を受けなくなると、米国の緩い規制のもとで生産された食品が英国に流入する可能性がある。

まとめとして、エルソン氏は「⼥性の多くは脆弱な地位にあり、EUによる保護がなくなることで大きな影響を受けるだろう。外国人嫌悪(ゼノフォビア)が高まっており、ブレクジットにより移⺠への差別が強まるのを恐れている」と述べた。

質疑ではまず、「英国労働党は、移⺠を脅威と感じる人たちをどのように説得したらいいか」という質問があった。エルソン氏は「移⺠は教育やNHSに対する負担のように見えるかもしれないが、労働者や医療従事者として英国に多大な貢献をしてきた。今後の労働党の政策としては、公共部門への投資強化と労働規制の強化が重要だ」と述べた。金融業界の反応に関する質問には「シティの金融機関は金融危機に怯えており、それを避けるため EU との間で特別な取引をすることになるだろう。一方で小規模なヘッジファンドはブレクジットによるポンド下落に賭けている」と指摘した。

さらに司会の大橋氏が、ジェンダーと開発に対する関心が低下し、国連の持続的な開発目標(SDGs)もマーケティングに利用されているのではないかと問題提起した。エルソン氏は「政府開発援助が減少する一方でブレンドファイナンスが増えており、援助を保険代わりに⺠間投資を増やそうとしていることを懸念している。国際通貨基金(IMF)は、ラガルド氏が専務理事に就いて以降、ジェンダーをマクロ経済の課題と認識するようになった。労働参加率を向上させるために保育など公共投資の役割に着目し始めたが、いまだに財政支出の抑制も求めており、この矛盾を解消する必要がある」と指摘した。

後半の討論ではまず、和光大学等非常勤講師の中村雪子氏が、インド・ラジャスタン州の⼥性酪農協同組合(WDCS)では、⼥性たちが自ら運営する牛乳集荷所の活動がエンパワーメントにつながっていることなどを報告した。エルソン氏は「WDCSがカーストをまたいだ⼥性たちの連帯を促していることに感銘を受けた」と述べ、牛乳の価格決定への⼥性たちの関与などについて議論した。

お茶の水⼥子大学の李亜姣氏は、「農嫁⼥(nonjianu)」と呼ばれる中国の⼥性が抱える土地所有問題について報告した。農村部で他地域出⾝の男性と結婚した⼥性は土地を所有できず、村の経済から排除されていると李氏は指摘し、エルソン氏は「市場メカニズムと家父⻑制という二段階で放逐が行われている。すべての人に同等の権利を与えるだけでなく、その権利を保持できるようにする戦略が必要だ」と述べた。

IGSの平野恵子氏は、インドネシアの家事労働にネットを介して仕事をするギグエコノミーが浸透しており、主婦や清掃労働者から流入したそれらの新たな働き手と、従来の家事労働者との間で分断が起きていると報告した。エルソン氏は「アイデンティティーだけでなく経済的な正義の文脈に注目すべきだ。⼥性たちが、一人ではなく集団で交渉することが重要だ」と強調した。

本セミナーは、参加者の間で鋭い問題提起と分析が交わされ、議論がかみ合いながら進行していくダイナミズムを感じた。セミナーを通じ、ジェンダーは引き続き経済や労働の課題を分析する上での重要かつ有益なテーマであり、複雑化する格差や貧困の問題をひもとく上で欠かせない観点であることを改めて痛感した。

林美子(お茶の水⼥子大学ジェンダー社会科学専攻博士後期課程)

《イベント詳細》
IGSセミナー「「ジェンダーと開発」を問い直す:ダイアン・エルソンとの対話」

【日時】2019年10月22日(火)14:00〜17:00
【会場】国際留学生プラザ3階301室
【司会】大橋史恵(IGS准教授)
【講師】ダイアン・エルソン(エセックス大学名誉教授)
【討論者】
李亜姣(お茶の水⼥子大学学みがかずば研究員)
中村雪子(和光大学等非常勤講師)
平野恵子(IGS特任リサーチフェロー)
【主催】ジェンダー研究所
【協賛】日本フェミニスト経済学会(JAFFE)
【後援】経済理論学会問題別分科会「ジェンダー」
【協力】FFU(フェミニスト自由大★学)
【言語】英語
【参加者数】20名