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セミナー「戦争と美少女:エンターテイメントとしての戦いの表象」

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IGSセミナー「戦争と美少女:エンターテイメントとしての戦いの表象」

2021年10月22日(金)IGSセミナー「戦争と美少女:エンターテイメントとしての戦いの表象」がオンライン開催された。本セミナーは、戦争を題材としたアニメに登場する美少女の変遷を通して、日本アニメにとっての戦争とは何であるのか、そして美少女とは何であるのかを考察するものである。

足立加勇氏(東京造形大学・立教大学講師)は、日本のマンガ・アニメ文化における戦争の描写の変遷を追いながら、美少女という存在がどのように物語に影響しているのかを論じた。1970年代末から80年代半ばにかけて巻き起こるアニメーションブームの火付け役となった『宇宙戦艦ヤマト』シリーズ。中でも1978年公開のアニメ映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(以下『さらば宇宙戦艦ヤマト』)は、戦前の少年向け小説などに登場する大日本帝国や日本軍の描写とはまるで違った「腐敗した国家」のイメージを打ち出した点で、戦争を描く物語の文法を大きく転換させた。その文法の転換に大きく影響を及ぼしているのが、森雪という美少女の存在であった。『さらば宇宙戦艦ヤマト』は戦争の物語でありながら「国家」という概念を通さず、主人公である古代進と、その恋人である森雪との個人間の「絆」や、宇宙全体に及ぶ「愛」の物語へと昇華してゆく。

『さらば宇宙戦艦ヤマト』以降の日本のマンガ・アニメにおいては、こうした個人間の「絆」や「愛」の物語をもってして宇宙全体にまで及ぶ戦いの物語を展開する、いわゆる「宇宙教」と呼称されるアニメのストーリーパターンが、美少女のイメージを伴いながら出来上がってゆく。そして90年代、「セカイ系」と呼ばれるパターンが登場する。ここで語られるのは、あくまで普通の少年である男性主人公自身の内面、主観的な物語だ。セカイ系では、主人公自身の問題が、美少女を介することで世界全体の愛の問題へと拡大されてゆく。あくまで「普通の少年」である主人公は、世界を救うために戦っているヒロインの美少女と精神的に深く結びつくことで、世界の運命を決める戦いにアクセスすることができるようになるのだ。

セカイ系以降の日本アニメは「美少女を供給するメディア」へと姿を変えてゆき、次第に「戦い」という非日常の描写そのものを切り捨て、美少女たちの日常の描写に終始する「日常系」というパターンを生み出してゆく。日常系において、男性主人公はもはや必要とされず画面から姿を消してしまう。なぜなら美少女たちの日常を楽しむ視聴者にとって大切なのは、画面の中の美少女たちとアニメを見ている自分との間にある直接的な結びつきであり、男性主人公を媒介とする必要がないからだ。こうした願望に応えるように、日常系以降、美少女のみで構成されたアニメが頻出することになる。

しかしながら現在、この日常系もまた、一部「戦い」の物語へと舞い戻ってきている。『ガールズ&パンツァー』を代表とする「萌えミリタリー」と呼ばれるジャンルでは、美少女たちは日常的に激しい戦闘に参加しつつも、怪我ひとつせず、不死身であるかのように描かれる。美少女たちの「戦い」の物語を美しい「絆」の物語として描かんとするが故に、傷や死はなきこととされるのだ。宇宙教的な作品群においても、美少女は時として傷つき、死を経験するものの、その傷や死もまた、戦いを通して強化される絆によって癒されるレベルにとどまる、乗り越え可能な、適度な障害物として主人公たちの前に提示される。これは「戦い」の物語に登場する美少女に付与された特殊性の一つだろう。

日本アニメにおける美少女は、主人公に寄り添うことで主人公を「立派な男性」として証明する存在であったし、主人公を「戦い」に参入させるための装置として働くこともあった。しかし何においても主人公との「絆」や「愛」の鍵として特別な価値を持つ存在として描かれてきたことを示し、報告を閉じられた。

コメントでは関根里奈子(IGS)が、自身が「どうしようもなく惹かれてきた戦いの表象」として「戦う美少女」像を紹介しつつ、美少女という存在があくまで主人公を肯定するためのアイテムとして存在し、「きみとぼくの物語」の「きみ」としてしか描かれてこなかったことに対するもどかしさを語った。「日常系」の台頭で美少女が物語の主人公にはなったが、それは単純に評価できることなのだろうか?不死身で傷つかず、かわいく戦う「普通の女の子」たちの表象によって「戦い」の物語がいっそう血生臭さを失い、気軽なものへと変換される可能性がある。アニメにおける美少女とミリタリーを掛け合わせた「萌えミリタリー」の表象は、自衛隊のリクルートポスターにも起用されるようになった。一旦国家から切り離され、個人間の絆の物語へと昇華されたはずの「戦い」の物語が、もう一度国家へと回収される政治性も考慮せねばならない。日常系以降の戦いにおける「美少女」という存在が、ヴァーチャル空間を飛び越えてリアル空間、現実における「戦い」のイメージをも和らげてしまう可能性がある点でも、ある意味で特別な価値と危うさを持つ存在であると論じた。

質疑応答では日常系以降の「美少女をみる視聴者―みられる美少女」という関係性に見出される性的対象化の問題について、議論が展開され、美少女をみる主体として想定されているのは誰であるのか、さらにみられる対象であるキャラクターが「美しい男性」となる場合コンテンツの消費者に差異は生まれるのか、という議論にも発展した。

記録担当:関根里奈子(お茶の水女子大学IGSアカデミック・アシスタント)

《イベント詳細》
IGSセミナー「戦争と美少女:エンターテイメントとしての戦いの表象」

【開催日時】2021年1022日(金)17:00-18:30
【会場】オンライン(zoomウェビナー)開催
【講演】
足立加勇(東京造形大学・立教大学講師)
「アニメの中の戦争と美少女」
【ディスカッサント】
関根里奈子(お茶の水女子大学IGSアカデミック・アシスタント・大正大学他講師)
【司会】大橋史恵(お茶の水女子大学IGS准教授)
【言語】日本語
【参加者数】90名