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セミナー「19世紀米国女性のインターセクショナルなアイデンティティ…」

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2022.7.29 IGSセミナー「19世紀米国女性のインターセクショナルなアイデンティティとメディア理論:ソジャーナ・トゥルース女性会議講演『わたしは女ではないのか?』(1851)を例に」

2022年7月29日、IGSセミナー「19世紀米国女性のインターセクショナルなアイデンティティとメディア理論:ソジャーナ・トゥルース女性会議講演「わたしは女ではないのか?」(1851)を例に」がオンライン開催され、マーシー・ディニウスMarcy Dinius氏(デポール大学准教授/フルブライト招聘教員)が、アフリカ系アメリカ人女性活動家のソジャーナ・トゥルースSojourner Truth (1797?-1783)が1851年のオハイオ州女性会議で行った演説「わたしは女ではないのか?」(“Ain’t I A Woman?”)を取り上げ、初期の白人主導フェミニズム批判として検証され、最近では詩の形態に翻訳・修正されて合衆国国内で広く読まれているこの演説を、インターセクショナリティ理論とインターメディア理論を通じ、複数のアイデンティティとメディアが交差する重要な例として考察した。

ディニウス氏はまず、インターセクショナリティ(交差性)の定義を、研究者/活動家のクレンショーKimberlé W. Crenshaw(1959~)が提唱した、「政策と背景構造が交差する中で、複合的なアイデンティティが形成され、一連の困難と好機を生み出す状況のすべて」と紹介し、この観点から以下の議論を進めた。

女性、アフリカ系アメリカ人、活動家、作家など複数のアイデンティティを持ち、非識字者であったトゥルースの演説を復元する方法はなく、臨席した記者の「記録」や観客の記憶から成るテクストは、その後再形成されやすいものとなった。特に重要な文字テクストとして、二つのテクスト(ロビンソンMarius Robinson編集稿・新聞Anti-Slavery Bugle1851年掲載、ゲージFrances Dana Gage編集稿・1862年New York Independent紙およびNational Anti-Slavery 紙の両方に掲載)が挙げられる。

この二つのテクストには大きな違いが見られる。 “Ain‘t I A Woman?”の題で広く知られることとなった1862年ゲージ版は、当時の多くのアフリカ系アメリカ人が話すアフリカと米国南部のアクセントが混ざった方言で表記されている。トゥルースは、ニューヨーク州で当地入植者が使用したオランダ語を第一言語とする奴隷として、オランダ語のアクセントが強い英語を話したとの証言があり、ゲージ版編集に際し、政治的な意図が働いた事実を示すものである(講演では、E-Y-E dialect の聞こえ方を実際に体感してもらう意図により、ロビンソン版に続いてゲージ版のディニウス氏による朗読も行われた)。一方、ロビンソン版は、トゥルースを元奴隷と紹介しているが、黒人であることを強調する表現はなく、有名な「Ain‘t I A Woman?」のリフレインも存在しない。

米文学の正典を納めたThe Norton Anthology of American Literatureの最新版は、非識字者人物としてトゥルースを紹介し、ロビンソンのテクストを掲載している。ロビンソンを著者の一人と言及することも、トゥルース自身はゲージ版を好んだという事実の言及もない。

1875年に出版されたNarrative of Sojourner Truth, A Bondswoman of Olden Time(トゥルースが講演ツアーで販売した自伝の最終版)には、本人の意志によりゲージ版が収録されている。オーガスタ・ローバックAugusta Rohrbachは、これはトゥルースが「検証可能なアイデンティティとしてではなく、記憶の構築としての作家性を強調した」結果であり、彼女が「あらゆる素材を自由に利用し、それを証言として位置づけ」、「記憶の構築」を個人の行為ではなく「共同体の」営為として理解していたためとしている。

他者との協働で制作した本や画像を自作として販売することで、トゥルース自身もアイデンティティを更新しつつ生活と政治活動の信条両方を支えていたといえる。The Norton Anthologyはトゥルースの演説を採用することで正典の対象を拡大したが、トゥルースが印刷物よりもオラリティを、単独著者よりも共同作業を戦略的に選んだという重要な事実を問題化することはなく、アフリカ系アメリカ人文学の歴史において、コラボレーション、コピー、その他の非オリジナル、非印刷の作家性がいかに重要な意味をもつかを示す機会を逸している。

最後にディニウス氏は、ウェブサイトhttps://www.crmvet.org/poetry/ftruth.htm上で読者が複数の著者による演説テクストを比較検証できるように掲載したステッソンErlene Stetsonの試みに言及し、ステッソンによる加筆を含め、それを可能にする開かれたトゥルース演説テクストの柔軟性を評価した上で、現在このような形で論議されるトゥルース演説は、彼女が現代の有能なメディア論客と同様、技術的にも理論的にも複雑な思想家であり、アイデンティティ、メディア、権力がどのように交差し相互作用するかをしたたかに利用し、自身の目的を推進していたことを裏付けるものであると結論した。講演終了後、ディニウス氏へ多くの質問や感想がよせられ、リモート講演にもかかわらず、会場は講演参加者全体による、さらなる講演内容やテーマの深化と広がりを共有する活気ある場となった。

記録担当:書川美香(お茶の水女子大学大学院博士前期課程)


【参考文献】
インターセクショナリティ理論の定義については以下を参照。Definition of Intersectionality by Kimberlé W. Crenshaw (United Nations World Conference of Racism, 2000) reprinted in Patrick Grzanka, Intersectionality: A Foundations and Frontiers Reader (Boulder: Westview, 2014), 16. 
Herkman, Juha, ed. Intermediality and media change. University of Tampere, 2012.
Painter, Nell Irvin. Sojourner Truth: A Life, A Symbol. New York, Norton,1996
Rohrbach, Augusta “Shadow and Substance: Sojourner Truth in Black and White.” in Wallace, Maurice O., and Shawn Michelle Smith, eds. Pictures and progress: Early photography and the making of African American identity. Duke University Press, 2012.

《イベント詳細》
IGSセミナー「19世紀米国女性のインターセクショナルなアイデンティティとメディア理論:ソジャーナ・トゥルース女性会議講演『わたしは女ではないのか?』(1851)を例に」

【日時】2022年7月29日(金)18:00-19:30
【会場】オンライン(Zoomウェビナー)
【報告】マーシー・ディニウス(デポール大学 [イリノイ州シカゴ] 英文学准教授/フルブライト招聘教員)
【司会】戸谷陽子(IGS)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】日英(同時通訳)
【参加者数】52名