IGS通信

国際シンポジウム「女性、宗教、暴力:国際的視点からの再考」

2016年10月19日(水)、お茶の水女子大学にて、ジェンダー研究所主催による国際シンポジウム「女性、宗教、暴力:国際的視点からの再考」が開催された。本シンポジウムは、ジェンダー研究所のエリカ・バッフェッリ特別招聘教授の企画立案であり、バッフェッリ氏の共同研究者であるコペンハーゲン大学のアートリー・セン准教授を基調講演に、国立民族学博物館の松尾瑞穂准教授と日本学術振興会特別研究員(PD)の小川真理子氏をディスカッサントとしてお招きした。本企画は、バッフェッリ、セン両氏により進められている研究プロジェクトについて、学際的かつ国際的なフィードバックを得ることも目的のひとつであった。

石井クンツ昌子ジェンダー研究所長による開会挨拶に続く、バッフェッリ氏の趣旨説明では、バッフェッリ氏とセン氏による、過激な宗教・政治団体、運動への女性の関与についての共同研究を開始した経緯が紹介された。両氏とも、女性たちが武器を手にしたり、暴力的な行為に積極的に参加している事実があるにもかかわらず、いつまでも女性の被害者性が強調されたり、自爆攻撃などへの参加は「例外的」と特別視され続けていることに疑問を持ち、研究プロジェクトを立ち上げたとのことである。また、同プロジェクトは、女性たちの過激活動参加の動機・その表象・その後の記憶の3つの要素に注目している。そして、バッフェッリ氏からは、自身が研究を続けているオウム真理教内での、女性指導者の役割がどうであったかについての解説が加えられた。

女性の右翼活動の研究を進めてきたというセン氏の基調講演では、過激な運動に関わる女性たちの多様な動機や参加形態の例を挙げ、それらが、従来のジェンダー分析の枠組みやメディア表象では説明しきれないものであることを示した。例えば、過激な宗教団体に加入する女性たちは、加入前にその活動についての十分な情報を得ており、複数の選択肢も検討し、熟慮の上でその道を選んでいる。フェミニストであれば、女性にも男性と同様の「戦う権利」があるとの意見を持つこともある。対照的に、男女の身体的差異を重要視し、銃後の支援という「女性の役割」を請負う者もいる。こうした事実は、女性=被害者、女性=ピースメーカーという理解の枠には収まらない。また、重要なポイントとして、男性主導の運動に女性が加わることで必ずその活動に変化が起きること、また、戦時という状況が、既存の社会規範や家父長制度を揺さぶり、女性のエンパワメントをもたらすことも指摘された。さらに、過激な運動における女性同士の関係性のあり方の例として、まず、セン氏が調査を進めてきたヒンドゥー・ナショナリスト団体シヴ・セナの運動における協力関係が紹介された。団体の女性たちの連帯は、その思想のみでなく、公共交通機関を利用するときに持ち歩く小型のナイフやレイプ被害を防ぐための専用のスマートフォンアプリなど、自衛手段を供給することによって強化されているという。また、女性間の敵対、暴力のケースとしては、米国のキリスト教原理主義団体の女性たちが、自らの宗旨に基づく理想が唯一のアメリカの母親像であるとして、中絶を行うクリニックの焼き討ちや、移民女性を死傷させたりする例や、インド・カシミール地方のイスラム教女性団体が、社会をクリーンにすると称して、公の場で、西洋の習慣であるヴァレンタインデーを楽しむ女性たちの顔にインクを塗りつけたり、着衣を破くなどの辱めを与えるなどしている例が示された。結びでは、「女性の集団暴力は『ソフト・フェミニズム』か?」という設問が投げかけられた。フェミニズムという視点を持ってみると、過激な運動への女性の参加は、女性たちを家の外へ連れ出し、武器を持たせ、自尊心を高める結果をもたらしている。ただし、そうした中でも、女性たちは、面と向かって男性や家父長制度に挑むのではなく、むしろソフトに、「創造的服従」とも呼べる新しい順応の形態を創り出すことで、社会全体のジェンダー規範に変化をもたらそうとしているのではないかとの結論が述べられた。

ディスカッサントの松尾氏からは、戦争加担や政治闘争を背景にした加害者としての女性の存在は、歴史的かつ継続的に見ることができるが、その暴力に対する評価は、いつ、誰の視点で語るのかによって、大きく異なってくるだろうとの指摘があった。例えば、戦後の日本においては被害者史観が先行していたが、80年代以降、戦時中の女性たちの後方支援者としての戦争加担に目が向けられるようになり、加害者史観への転換が見られた。自身の研究フィールドであるインドからの例としては、独立運動の現場において、女性特有の道徳性や忍耐性が非暴力運動にふさわしいというジェンダー・レトリックによる女性動員が行われたが、こうしたレトリックはセン氏の報告に見られる現代の事象にはもはや当てはまらない。結婚時に嫁の持参財(ダウリ)が少ない場合に、サリーに火をつけて殺してしまうケースで女性が殺人者として逮捕されたり、レイプにあった娘を家庭内の年長の女性が殺してしまう名誉殺人が行なわれたりしている。閉じられた家庭内で発生する暴力の背景には、母と娘、義母と娘といった女性同士、そして男性も含めた家族内の、わかりやすい加害者と被害者像に当てはまらない、入れ子状になった複雑な暴力構造があるだろうとの指摘もなされた。

続いて、小川氏からは、専門分野であるドメスティック・バイオレンス(DV)の日本の現状に照らしてのコメントがあった。DVに関しては、傷害・暴行とも、男性加害者・女性被害者のケースが9割を占めるが、殺人については、女性加害が4割に上る。妻による夫殺害では、長年にわたる夫からの暴力に耐えかねての殺人というケースも多く、加害者・被害者の暴力構造は単純ではない。未だ女性が被害者になるケースが圧倒的多数ではあるが、男性被害者の存在にも目が向けられている。しかし、DV被害を誰にも相談しなかった割合は、女性が44.9%であるのに対し、男性は75.4%となっており、妻からの暴力について恥ずかしくて人に話せないといったジェンダーバイアスが、男性の被害実態を見えにくくしている面があるとの指摘がなされた。また、男性被害者も顕在化している状態ではあるが、圧倒的多数である女性被害者に対する支援制度の構築が急務であること、被害者支援と同時に加害者教育をする必要性や、当事者が被害者や加害者として自身を認識することに困難があるという現実が示された。

質疑応答と討論は、小川氏がコメントの最後に挙げた、セン氏への質問で開始された。「女性が武器を手にすることで力を得て家父長制度や家庭から解放されるということだが、ラディカルな運動や軍隊の中には、やはり家父長的な構造があると思われる。その中で女性たちは矛盾を感じていないのか」という質問に対し、セン氏は、過激な運動に参加する女性たちが実際に「家父長制度」などの概念を使ってものを考えているわけではなく、そこに既存の学問領域におけるジェンダー・フレームワークの限界があるのではないかとの指摘で応じ、既存の理論枠組による研究者視点の分析手法に疑問を投げかけ、市井の女性たちの考え方に着目するという、バッフェッリ、セン両氏による研究プロジェクトの姿勢が示された。その後も聴衆からの質問は続き、登壇者・聴衆間のとても充実した討論が持たれた。今回の企画は、研究プロジェクトの概要を示すにとどまる部分があったが、今後の研究展開を待ち、再度、本学において成果発表の機会を持つことが期待される。本シンポジウムの議論の詳細は、後日、IGS Project Seriesの1冊として刊行予定であり、刊行後にはそちらもご参照いただきたい。

(記録担当:吉原公美 IGS特任RF)


エリカ・バッフェッリ氏


アートリー・セン氏


松尾瑞穂氏


小川真理子氏

《開催詳細》
【日時】 2016年10月19日(水)18:30~20:30
【会場】 お茶の水女子大学 共通講義棟2号館102号室
【コーディネーター/司会】
エリカ・バッフェッリ(本学ジェンダー研究所特別招聘教授/マンチェスター大学准教授)
【基調講演】
アートリー・セン(コペンハーゲン大学准教授)「女性とラディカルな運動:ジェンダーと紛争についての新しい視点を得る」
【ディスカッサント】
松尾瑞穂(国立民族学博物館准教授)「Prof. Atreyee Senの議論を受けて」
小川真理子(日本学術振興会特別研究員(PD)/大妻女子大学)「日本におけるDVの加害者と被害者」
【主催】 お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【参加者数】 47名