IGS通信

セミナー「ダナ・ハラウェイのフェミニズム」

IGSセミナー(学内限定)「ダナ・ハラウェイのフェミニズム」

2021年1月13日(水)、ハラウェイ『猿と女とサイボーグ』『犬と人が出会うとき』などの訳者である高橋さきの氏(翻訳者・お茶大非常勤講師)を講師として迎え、「ダナ・ハラウェイのフェミニズム」と題する学内限定のセミナーを開催した。

セミナーは、BLMの運動が起き、COVID-19のパンデミックという時代にフェミニズムを考える時、いまだ第2波の段階ではなかったかという問題提起から始まった。アメリカの状況から捉えると、第1波フェミニズムは19世紀後半に奴隷解放運動などとタッグを組んだ形での女性解放運動や20世紀初頭の労働運動があり、それが第二次大戦直前の公平労働基準法をはじめ、婦人参政権や中絶などに関する議論の高まりや、ヘレン・ケラーの障碍者運動の萌芽となっていった。

公民権運動から第2波フェミニズムが始まり、2000年代辺りからの第3波はいわゆる男女の二項対立的な観点を超えて、セクシュアリティーの問題なども焦点化していった。しかし、奴隷制における自己の身体の非所有という問題、例えば奴隷が出産するとその子供は奴隷主の所有物になるといったことなどを含めて、女性が妊娠して産むか産まないかという問題は第1波からの問題であるとハラウェイも指摘しているように、第1波、第2波、第3波の発展的な区分を単純に想定して済む問題ではないという指摘があった。

COVID-19の影響についてハラウェイが語ったこと― COVID-19は人獣共通感染症という特徴があり、しかもその影響は不均衡であること、とりわけラテン系、カラードの人々、エッセンシャル・ワーカーへの感染によって元々の健康状態や貧困状態に対して与える影響が甚大であること―、それらはHIVに関する彼女の議論と相俟って、人間と自然、人間と動物、女と男、人間と機械などの二分法・対比の超克というテーマを改めて浮き彫りにしたのではないかという点は重要な指摘であった。

以上のような現代との関わりの中でハラウェイの思想の構えを紹介してから、彼女の思想形成について、コロラド州デンバーでの生まれつきの家族との関係、カリフォルニア州ヒールズバーグでの恋人や配偶者といった類縁関係による家族、カリフォルニア大学サンタクルーズ校の院生や友人たち、そして欧州の友人たちとの関係といった知性史的な文脈と諸著作の位置付けがなされた。

そもそも生物学史出身で、哲学や文学、科学史など分野横断的な研究を進めてきたハラウェイは、人間中心の見方から離れて「クトゥルー新世」という捉え方をしつつ、「からだ/body」を見つめてきた思想家であった。しかし第2波フェミニズムは社会的なものに着目して生物学的な側面を切り落としてきた。昨今改めて身体性に着目がされてきているものの、sexは20世紀初頭には性別といった意味内容だったものが、21世紀頃になると、性行為が第1義的な意味の言葉となってきて、扱いにくいものとなっていた。

科学との関係では、20世紀後半にハラウェイが直面した問題として、第1に公害問題、第2に次世代の問題がある。とりわけ「生き物の次世代」問題は、本来、産む/産まないといった性的自己決定権をはじめとして自然・社会・人文科学全体の問題、地球全体に関わる問題群であり、その外延から、問題を捉えるとするならば、『サイボーグ宣言』などで取り上げられたように、テクノロジーの問題も避けて通れない。人口を作るのではなく、類縁関係を作るのだというテーゼも、こうした幅広い問題に関わっており、ハラウェイのフェミニズムの諸相を、彼女の講演・テクストなどを素材に縦横無尽に語っていただいた。

写真左から:板井(司会)、高橋(講師)

記録担当:板井広明(IGS特任講師)

《イベント詳細》

【開催日時】2021年1月13日(水)13:20~14:50
【会場】オンライン開催(Zoom Webinar)
【講演】
高橋さきの(TAKAHASHI Sakino)(翻訳者・お茶の水女子大学非常勤講師)
【司会】板井広明(IGS特任講師)
【言語】日本語
【参加者数】23名