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セミナー「ジェンダー、エスニシティ、技能実習制度」

IGSセミナー「ジェンダー、エスニシティ、技能実習制度」

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本セミナーは、コロナ禍で困難に直面する移住労働者、特に近年増加する女性技能実習生について、ジェンダーやエスニシティの側面からとらえるものである。技能実習生が送出国と来日後の日本でどのような経験をするのか、問題点とその解決という面から議論を行った。技能実習制度は、1993年に途上国への「技能移転」による国際貢献を名目に始まり、今日では日本の少子高齢化による労働人口減少を補う労働力受入制度となっている。2019年外国人労働者の23.3%を占め、本セミナーで取り上げるベトナムとインドネシアは、技能実習計画認定数(実習実施企業が提出した実習計画を厚生労働大臣が認定した数)の1位と3位に位置している。

ワオデ・ハニファー・イスティコマー氏は、インドネシア技能実習プログラムを事例とし、いかに理想の技能実習生が育成されるのか「身体の規律化」の側面を現地調査に基づいて報告した。日本への技能実習生の送り出しは、初期の段階では日本とインドネシア政府間の合意に基づき、製造業や建設業に従事する男性が中心であった。1980年代になると、民間送り出し機関の参入により市場規模が拡大し、女性の募集が増加し、食品製造、漁業、農業などの職種が加わった。また日本での技能実習経験者が、送り出し機関の日本語教師や職業訓練所の講師として、育成プログラムに参与するようになった。ワオデ氏は、技能実習生育成プログラムは、Disciplinary Institution(Foucault1975):規律をもとに規格化を進める制度としての機能を果たしていることを、インタビュー対象者の聞き取りから以下のように解説した。事前研修参加者には、工場や建設現場での肉体労働を想定した身体検査、体力テストが一律に実施され、運命共同体として寮生活を送りながら厳しい研修を受ける。受入会社の好評価を得る髪型や服装にすることを要求され、寮生活では先輩・後輩関係のヒエラルキーと男女役割分担が存在し、軍隊式の規律、マスキュリニティが強調されることで「従順な身体」として育成される。加えて、日本語教育や日本の倫理やマナーの習得が求められるともに、家族や国の名誉を背負うことも繰り返し指導される。実習生の中にはこのような厳しい研修を評価する者もいた。「理想の技能実習生」を育成するこれら事前準備は、不適格者を見つけるフィルターであり、与えられる仕事をこなす「従順な身体」を構築するメカニズムでもあった。しかし、ワオデ氏は研修内容と職種や受入企業の要求が合致するのかには疑問が残るとした。

巣内尚子氏は、COVID-19パンデミック下のベトナム人女性技能実習生の困難と、連帯の可能性について、技能実習生、元技能実習生、支援者へのインタビューとアンケートをもとに論じた。パンデミックにより帰国できず日本に残されたベトナム人は、それ以前から以下の6つの社会的剥奪にさらされてきた。1)収入や教育機会が少ない農村出身で、家父長制社会のもと期待される子どもの役割として、あるいはシングルマザーとして、経済的必要性から移住を決断する経済的・文化的剥奪、2)両国間の移住労働を促進する移住インフラが、一般的に債務を負う移動であることによる経済的剥奪、3)技能実習制度は、原則的に企業変更が不可で、許される転籍にも時間がかかり、家族帯同は許されず、滞在期間に期限があるという、制度的な権利・自由の剥奪、4)賃金は最低賃金に従い、税・社会保険料、家賃控除後の収入は、日本の貧困線以下という経済的剥奪、5)職場での仲間が少なく、社会関係資本を構築しにくいという社会関係の剥奪、6)技能実習機構の母語相談窓口、民間支援団体へのアクセスが困難であるという支援体制や支援者とのつながりの剥奪。これらが、パンデミック以降の課題と絡み合って技能実習生の困難は深刻化したことが明らかになった。そのひとつが、女性技能実習生の妊娠をめぐる問題である。

パンデミック以前、妊娠した女性は、就労を諦め帰国していた。労働法で守られるべき妊娠・出産が、契約書や送り出し機関の脅しにより、実習生には禁止されていると思い込まされていたためである。パンデミック以降、彼女たちが帰国支援を求めることによって、妊娠・出産に対するこれまでの権利侵害が顕在化した。この問題に取り組み、ベトナム人支援をしているのがカトリック教会である。カトリック・コミュニティのベトナム人が連帯の基盤となり、教会やSNSを通し、シスターと日本に一定期間住む信者によって、実習生等への支援が行われた。しかしその活動は、聞き取りや相談通訳を通しての専門家への「お願い」がメインである。たとえば、夜間中学独立運動は、行政への働きかけにより在日朝鮮人女性の地位を構築したが、ベトナム人カトリック・コミュニティの活動は、当事者を支援者、専門家につなぐ活動であるため、重要であるのに可視化されにくいと言える。

ディスカッサントのアヴィヤンティ・アジス氏は、日本の入管政策と移住労働者受け入れの歴史、東南アジアの移住労働者がもたらす送金の規模と国家開発の関係、インドネシアにおける労働法改定を解説した。

質疑応答では、インドネシアと日本における構造的問題や、支援の連帯の可能性についてなど、国境を越える喫緊な課題についてセミナー参加者もまじえての議論が展開された。

記録担当:新倉久乃(フェリス女学院大学大学院博士後期課程)

《イベント詳細》
IGSセミナー「ジェンダー、エスニシティ、技能実習制度」

【開催日時】2021年7月23日(金・祝)14:30-17:30
【会場】オンライン(zoomウェビナー)開催
【講演】
巣内尚子(ラバル大学大学院博士後期課程/東京学芸大学特任講師)
「パンデミックとジェンダー/エスニシティ:在日ベトナム人女性の困難と連帯の可能性」
【講演】
ワオデ・ハニファー・イスティコマー(一橋大学大学院博士後期課程)
「『理想の技能実習生』の育成:インドネシア技能実習生プログラムを事例として」
【ディスカッサント】
アヴィヤンティ・アジス(インドネシア大学講師)
【司会】平野恵子(お茶の水女子大学 IGS特任講師)
【言語】英語・日本語(同時通訳あり)
【参加者数】117名