IGS通信

国際シンポジウム「リーダーシップの地平」

イベント詳細はこちら

11. 15 IGL/IGS国際シンポジウム「リーダーシップの地平:ジェンダー平等推進のための理論と実践」
シリーズ:アジアにおける女性リーダーシップを考える1

2021年11月15日(月)、お茶の水女子大学グローバル女性リーダー育成研究機構主催によるオンライン国際シンポジウム「リーダーシップの地平:ジェンダー平等推進のための理論と実践」が開催された。ジェンダー研究所(IGS)とグローバルリーダーシップ研究所(IGL)は、2018年6月に国際シンポジウム「女性政治リーダーはいかにして「育つ」か?」を開催し、日本国内および韓国とドイツから女性政治家を招聘し、女性の政治参加について実践面から議論した。本シンポジウムは、同じテーマについて研究面から議論する企画である。英国のキングス・カレッジ・ロンドンの政治学教授であり女性リーダーシップグローバル研究所の所長も務めている、ロージー・キャンベル氏を基調講演者として招聘し、基調講演に続くパネルディスカッションには、IGSの申琪榮教授、IGL客員研究員の大木直子椙山女学園大学講師、IGL研究員のキャロル マイルズお茶の水女子大学グローバル文化学環助教が参加。10月の総選挙の結果も参考にした、日本の政治におけるジェンダーギャップについての議論に、160名を超える参加者が耳を傾けた。

基調講演の冒頭、キャンベル氏からは、自身が所長を務めるキングス・カレッジ・ロンドン女性リーダーシップグローバル研究所についての紹介がなされた。同研究所は、オーストラリアの元首相、ジュリア・ギラード氏のイニシアティブにより開設された。ギラード氏は、首相退任後、女性政治家が面する困難に関する研究文献を読み、実践と研究の間のコミュニケーションやネットワークが十分にされていないと感じたという。そうした分野間の隔たりをなくして協働を促進し、エビデンスに基づいた知見によって、25年後という近い将来に確実に変化がもたらされていることを目標に、研究所は活動している。

写真左:キャンベル(基調講演者)、右:キングス・カレッジ・ロンドン女性リーダーシップグローバル研究所ウェブサイト

キャンベル氏の基調講演「女性の政治参加:英国のケーススタディから」では、英国における政治参加のジェンダーギャップについての研究成果が報告された。2019年の総選挙の結果、英国下院の女性議員比率は34%となっている。女性議員増加の契機となったのは1997年の総選挙であった。労働党が独自に女性だけの候補者リストを作成したり退職者の枠に女性候補を立てるなどの方策をとり、積極的に女性議員を当選させ、政権を取った。以来、これに倣って、右派を代表する保守党も含めた他の政党も、女性議員の登用に積極的に取り組んでおり、その成果が上がっている。

投票する側に目を転じると、男女の投票率には差はみられない。しかし、投票行動、つまりどういう基準で票を入れる政党を選ぶか、という点ではジェンダーギャップが存在する。2000年に発表された、ロナルド・イングルハートとピッパ・ノリスの共著論文「ジェンダーギャップのグローバル理論」では、歴史的に女性は男性よりも右派を支持する傾向が強かったが、女性の教育レベルが上がり社会進出が進むと左派支持に転ずるという理論が示された。しかし、英国はこの理論と一致していなかった。英国において女性の左派支持傾向優位が初めて確認されたのは2017年の総選挙で、2019年の総選挙でもこの傾向が継続した。なぜこうした変化が起きたのかを分析したのが、キャンベル氏がロザリンド・ショロックス氏との共著で2021年に発表した論文「ようやく時流に乗ったのか?2019英国総選挙におけるジェンダーと投票」である。

この論文では、2017年と2019年の総選挙、そして2019年の欧州議会選挙の際の投票行動について、性別と年齢層、価値観、EU離脱支持、経済/財政観それぞれとの相関関係が分析された。その結果みえてきたことのひとつは、以前は属する社会階級が要因となっていた投票行動パターンが、くずれてきたということであった。例えば、中流階級の女性は保守党支持傾向だったが、労働党支持傾向が強くなってきている。ブレクジットが争点となった時には、特に男性の労働党支持層のうちEU離脱賛成派が保守党に投票するという動きもあった。

1997年以降の英国の二大政党制の特徴として、保守党と労働党の政策が似通っていたことがある。しかし、2017年の総選挙の際には、ジェレミー・コービンという非常に左翼的な政治家が労働党の党首であり、保守党との違いが鮮明になった。この選挙の争点は保守党政権による緊縮財政政策であった。公的支出の削減の生活への長期的な影響を心配した40代以下の女性たちの票が労働党に流れ、女性の左派支持傾向優位という変化が生じたのだ。また、2019年の欧州議会選挙では、若い世代の女性の緑の党支持率が高いという傾向もみられるなど、環境問題への関心などの価値観も投票行動に反映された。

ここから導き出された結論は、投票行動におけるジェンダーギャップは、男女の別だけでなく、年齢層や政党間の競争の性質、その時に特に争点となっている課題は何かといった複合的な要素によって左右されるということである。キャンベル氏の分析のもとになったデータは、一般に公開され誰でもアクセスできるものだが、このようなジェンダーギャップの性質については、英国のメディアでもほとんど話題にはなっていない。キャンベル氏は、こうした研究上の発見について情報共有することはとても重要だと認識していると述べた。

写真左から:キャロル・大木・申(ディスカッサント)

パネルディスカッションは、キャロル氏のコメントで開始された。2021年10月の総選挙後の衆議院の女性議員比率は9.7%。2018年に施行された「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」に、各政党が女性候補者を増やす対策をとることが規定されてはいるが、その成果は上がっていない。特に政権与党である自民党は女性の登用に消極的である。キャロル氏はその要因として、日本の社会文化的、そして経済的背景が大きいと述べた。日本において、政治は男性の仕事とみなす考え方は根強く残っている。そうした中で、家庭内の無償労働の主な担い手である女性が、当選するために必要とされる「ジバン(地盤)、カンバン(看板=肩書)、カバン(鞄=資金)」の三要素を手に入れることは難しい。日本においては、未だに根強く残る伝統的なジェンダー規範が、女性議員増加の障害になっているという指摘である。

大木氏からは、日本の地方議会のジェンダーバランスについての説明があった。地方議会全体での女性議員比率は約15%。都道府県レベルと市町村レベル、また都市部と地方での違いはあるものの、総じて女性議員の数は非常に少ない。中でも自民党の女性議員は特に少ないが、わずかずつではあるものの、着実に数を増加させている傾向がありその動きに注視しているという。

申氏からは、日本の現状を政治代表性の危機ととらえる視点から、国会議員のジェンダーや年齢の偏りが極めて大きいことの問題点が解説された。2021年10月の総選挙の結果をみると、20代、30代の議員が少なく、その女性議員比率も低い。このため、世代交代が進んでも女性の政治代表性は向上しない可能性が高いと指摘した。また、若い議員の当選者には維新の党の男性議員と自民党の世襲議員が多いため、多様な若者の声を政治に反映させるのは難しいと考えられる。結果として、若者の政治離れと政治不信が進むことが危惧されると述べた。

これに続くディスカッションでは、政党間の競争の重要性や、女性議員が増えることによって起きる変化などが議論された。一般に、政党が女性議員を増やそうとする背景には、女性票の獲得という目標がある。しかし、日本の自民党政権はそれをせずとも体制維持ができているため、党内からの変革の動きが起こらない。政党間の競争が激しすぎるのも問題だが、少なすぎると政治の停滞を生じさせる。女性の代表性の低さと社会の変化が政治に反映されないことの原因は、政党間競争が少ない点にあるのではないか、というのが、キャンベル氏の指摘である。

申氏からは、議員数のジェンダーギャップを解消するのに有効なクオータ制(議席の一定割合を女性に割り当てる制度)は、日本での導入はまだ厳しいが、今ある選挙制度の運用を変えるだけでも、女性議員割合を2割近くまで増やすことはできる、との指摘があった。引退する議員の選挙区には女性候補者を優先的に擁立する、比例代表候補者名簿の上位に必ず女性候補者を入れる(選挙区ブロックごとに候補者名簿の第1位~3位の3人のうち少なくとも2人は女性候補者にする、など)といった女性候補者を増やす運用を各政党が実施すれば、確実に女性議員は増加する。また、女性議員が増えると男性議員もジェンダー課題に関心を持つように変わり、結果として議会での議論の質的な変化が起きるという研究結果も紹介された。

大木氏は、女性議員が増えるということには、男性の多い環境でこれまで何となく当たり前とされてきたことに疑問が投げかけられる側面があり、議員に必要な能力は何かといったことを明確化するような議員養成の実践が必要だと示唆した。議員養成の方針や過程を明確化することもまた、政治の質の向上、そして政治の信頼回復につながる道であろう。

以上のように、女性の政治参画について幅広く充実した議論が持たれた。キャンベル氏の発言にもあった通り、こうした研究成果を広く情報発信し、女性議員の増加を目指す実践や、女性政治リーダーの育成、ひいては政治の質の向上に資するものにすることが、IGLおよびIGSの活動においても重要であろう。当日の議論をまとめた報告書を後日刊行し、ウェブサイト上で公開する予定である。

写真左から:戸谷陽子IGS所長(総合司会)、石井クンツ昌子副学長(挨拶・趣旨説明)、小林誠IGL所長(パネルディスカッションモデレーター)

記録担当:吉原公美(お茶の水女子大学リサーチ・アドミニストレーター)

《イベント詳細》
IGL/IGS国際シンポジウム
「リーダーシップの地平:ジェンダー平等推進のための理論と実践」
シリーズ:アジアにおける女性リーダーシップを考える1

【開催日時】2021年11月15日(月)18:00~20:00
【会場】オンライン(Zoomウェビナー)
【総合司会】戸谷 陽子(お茶の水女子大学教授/IGS所長)
【挨拶・趣旨説明】石井クンツ 昌子(お茶の水女子大学理事・副学長/グローバル女性リーダー育成研究機構長)
【パネルディスカッションモデレーター】小林 誠(お茶の水女子大学教授/IGL所長)
【基調講演】
ロージー・キャンベル(キングス・カレッジ・ロンドン教授/女性リーダーシップグローバル研究所長)
「女性の政治参加:英国のケーススタディから」
【ディスカッサント】
キャロル マイルズ(お茶の水女子大学助教/IGL研究員)
大木 直子(椙山女学園大学講師、IGL客員研究員)
申 琪榮(お茶の水女子大学IGS教授)
【主催】お茶の水女子大学グローバル女性リーダー育成研究機構
グローバルリーダーシップ研究所(IGL)、ジェンダー研究所(IGS)]
【言語】英語・日本語(同時通訳あり)
【参加者数】167名