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国際フォーラム(生殖領域)「出自を知ることがなぜ重要なのか…」

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IGS国際フォーラム(生殖領域)「出自を知ることがなぜ重要なのか:提供精子で生まれた人たちの経験と思い」

2021年8月29日(日)、IGS国際フォーラム「出自を知ることがなぜ重要なのか:提供精子で生まれた人たちの経験と思い」がオンライン開催された。

1980年代から提供精子や提供卵子での出生者がドナー情報を得ることを法律で保障する国が現れ、それ以降、法律で提供型生殖医療での出生者の出自を知る権利を保障する国も増えてきた。しかし日本をはじめ、未だに配偶子は匿名提供を基本とする国も少なくない。そこで本フォーラムでは、提供型生殖医療での出生者の出自を知る権利を法で保障することになった西オーストラリア州のAID出生者と、まだ精子や卵子の匿名提供を基本とする提供型生殖医療を実施しているベルギーと日本のAID出生者の計4人を迎え、さらに約40年、提供精子で形成された家族や「AID出生者の出自を知る権利」の問題について研究を続けて来たケン・ダニエルズ氏をディスカッサントに加え、ドナー情報や出自を知ることがなぜ重要なのかについて討論した。

最初の登壇者、南オーストラリアのAID出生者ダミアン・アダムス氏は、同州で提供精子や卵子での出生者の出自を知る権利が保障されるよう、法改正を求めて、10年以上もロビーイングを含む活動を続けてきた。彼は自身の出生者としての経験や、法改正を求める活動の中で感じた痛みや苦しみについて語り、法改正にはグループでの活動が有効であったことや、活動をすすめる際に法律や倫理、科学といった専門家の支援を受けることの重要性にも言及した。

2番目の登壇者、ベルギーのAID出生者のリーン・バスチアンセン氏も自身の経験やドナー情報を求めたその理由等を語った。ベルギーでは配偶子提供は一部の例外を除いて、匿名提供が法律で定められている。ベルギーでもバスチアンセン氏等、AID出生者が中心となって出生者の出自を知る権利の法的な保障を求める活動を展開してきたが、ドナーの匿名性は現在も維持されたままである。彼女は、偶然にもオランダでのテレビ番組に出演したことをきっかけにドナーと出会うことができた。しかし、自分にとってのドナーという存在がどのような意味をなすのかに悩むなど、ドナーを知ってもすべての問題が解決するわけではないと述べた。

3番目の登壇者、日本のAID出生者の加藤英明氏は、自身のAID出生者としての経験とともに、日本のAIDの歴史的な背景と自身の医療者としての立場も含めて、提供精子の利用に関する現状の医療システムの問題点を述べた。加藤氏は、2003年、医学部の5年生のときに、HLA検査の実習を通して父親とHLA型がまったく一致していないことから、父親と生物学的なつながりのないことを知ったが、親がAIDの話題を避けたがり、加藤氏からの問いに向き合おうとしないことから親子関係に亀裂が生じたという。この経験から、親が隠そうとすると、生まれた子は隠さなければいけないような方法で自分は生まれたのかと、自分を否定的にみるようになる。AIDの利用を希望し、自身の選択が間違っていないと思うなら、親は生まれた子に事実を伝えるべきであると言った。そしてAIDの当事者の自助グループ(Donor Offspring Group―DOG)を立ち上げ、ドナーの匿名性廃止を求める活動を展開してきた経験などを紹介した。

4番目の登壇者、日本のAID出生者の石塚幸子氏は、父親が遺伝性疾患を患ったことをきっかけに、母からAIDで生まれ、父親とは生物学的なつながりがないことを告知された。事実を知って自身への病気の遺伝の心配がなくなったことに安堵する一方で、23年もの間、親に隠され、うその上に自分の人生は成り立ってきたのかというように感じ、大きなショックを受けたという。ドナーを知りたいが、その理由は、母親と精子というものからできたのではなく、そこに実際の人がいたということを確かめたいからだという。石塚氏もドナーの匿名性の廃止や出自を知る権利の保障を求めてロビーイング活動を行ってきたが、これら通して、告知の重要さやドナーがわからないことの問題への理解を求めることの難しさを感じていると述べた。

ディスカッサントのケン・ダニエルズ氏はまず、世界的に、出生した当事者が提供者の情報にアクセスをしたい、可能であれば会いたいと望むケースが増え、中にはDNA検査をしてドナーを探したり、SNS、WEBサイトを使ったり、さまざまなグループを立ち上げてドナーや同じドナーから生まれた人を探そうとしてる人が出てきていることを紹介した。そして提供者情報が分かってしまうことは家族環境を損なうのではないか、という考え方から匿名性の廃止に反対する者もいるが、親が隠していても、年齢が高くなるにつれて、自分の家族に何か秘密があることに気づく当事者が多いと述べた。AIDで子どもを持った親の多くは、医療者たちからAIDで子どもを持ったことを秘密にするように言われてきたが、ダニエルズ氏が関わった19歳から46歳までのAID出生者21名を対象にした調査では、自分のアイデンティティが家族関係に大きく影響を受けていると答えるものが多く、また育ててくれた親は大事であるが、それと遺伝的背景を知ることの重要性は別の話だと答えた当事者も多かったことが紹介された。そして家族形成には信頼が重要であり、秘密のある家族の中で育つことは、子どものアイデンティティ形成にもよくない影響を及ぼすことや、親もいつか子どもが事実に気づくかもしれないと不安を抱えながら一緒に暮らすほうが好ましくない影響が大きいと述べた。また、世界で初めて匿名性を廃止したスウェーデンでは、法の施行後は一時的にドナー数は減ったが、その後ドナー数は増加に転じ、それも年齢が高い結婚して子どものいるドナーが増えたことを紹介した。ニュージーランドでのドナーの研究でも、自身の情報を開示してもいいというドナーは少なくないという。そして、匿名性を維持していてもドナーの数は常に不足気味であり、匿名性の廃止とドナーの減少は別の問題だと述べた。最後に、法律ができなければ社会の態度も変わらない、ということもあり、いいかえれば、出自を知る権利を法で保障することで、匿名性の廃止がいかに重要であるかを社会が認識するようになると述べた。

このフォーラムは多方面から注目され、当事者や研究者、メディアや一般の人など190名近くの参加者があり、インターネット記事(8/30付けHuff Postと8/30付けYahoo News)や9月17日付け『しんぶん赤旗』のくらし家庭のページでもフォーラムの様子が取り上げられて配信された。

記録担当:仙波由加里(お茶の水女子大学ジェンダー研究所特任講師)

《イベント詳細》
IGS国際フォーラム(生殖領域)「出自を知ることがなぜ重要なのか:提供精子で生まれた人たちの経験と思い」

【開催日時】2021年8月29日(日)15:00~17:30 (JST日本時間)/18:00~20:30 (NZST NZ時間)/15:30~18:00 (SCST南豪時間)/08:00~10:30 (CEST ベルギー時間)
【会場】オンライン(zoomウェビナー)開催
【講演】
ダミアン・アダムス(オーストラリアのAID出生者)
法改正のために私が歩んできた道」
リーン・バスチアンセン(ベルギーのAID出生者)
「ベルギーでAIDで生まれるということ」
加藤英明(日本のAID出生者)
「日本での精子等提供医療の歴史と倫理的な問題」
石塚幸子(日本のAID出生者)
「日本で出自を知る権利を実現するためには」
【ディスカッサント】ケン・ダニエルズ(カンタベリー大学、ソーシャルワーカー)
【司会】仙波由加里(お茶の水女子大学 IGS特任講師)
【言語】英語・日本語(同時通訳あり)
【参加者数】187名