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IGSセミナー「トラブルの時代にフェミニズムを愛するということ」

イベント詳細

2025.4.21 IGSセミナー
「トラブルの時代にフェミニズムを愛するということ」

本イベントは、設立50周年を迎えるIGSが、同じく創刊50周年を迎える学術ジャーナル『Signs』の編集長であるスザンナ・ウォルターズ氏を招いて開催された。トランプ政権下のアメリカにおいてフェミニズムが直面する厳しい現実と、そこからどこへ向かうべきかについて講演がなされ、日本における同様の状況、さらに大学の厳しい状況を考えるうえで有益なセミナーとなった。

ウォルターズ氏は、近年アメリカで顕著になっている権威主義の台頭の背景について、暴力的なミソジニー(女性嫌悪)がその根底にあることを指摘した。2022年には、中絶の権利を実質的に保障していたロー対ウェイド判決が覆され、さらに2025年には「性別は2つのみ」という誤った前提に立つ大統領令が発布されたことに触れつつ、リプロダクティブ・ヘルス/ライツへの規制強化や、トランスジェンダーの人々が医療や教育、スポーツなどの分野で差別される状況が法的に容認されるまでに至ったと指摘した。性的マイノリティやフェミニズムへの攻撃が激しさを増す中で、大学などの教育機関でも女性学や多様性に関するプログラムの廃止が進み、フェミニズムの理論や実践を学ぶ機会が失われつつあることに警鐘を鳴らした。

このような危機的状況を踏まえ、ウォルターズ氏は、フェミニズムは単なる思想や運動ではなく、個人的な心の拠り所であり、生き方そのものだということを、自身の半生を織り交ぜて語った。フェミニズムはつねに自己批判を繰り返しながら、その創造的な可能性によってより良い未来へと進化する営みであり、そこには責任と義務が伴う。フェミニズムへの現在のようなバッシングは運動の「失敗」の証左であるとする自己批判的な言説に対して異議を唱えるべきである。家父長制に抗し、女性の人権の不可侵性を主張し、「個人的なことは政治的である」とする姿勢を貫くことが重要であり、今この時代にこそ、フェミニズムは強く信じられるべきだと、ウォルターズ氏は力強く呼びかけた。

ウォルターズ氏は、現代のフェミニズムが直面する複雑で矛盾をはらんだ(アンヴィバレントな)状況に対処するための「7つのテーゼ」を提示した。第一に、フェミニズムは倫理的かつ政治的な「判断」であり、それはトランス排除的立場とは両立しないとした。第二に、善意あるフェミニストの誤りと、意図的な反フェミニズムを峻別する姿勢──いわば「疑惑による利益(benefit of the doubt)」の重要性を語り、イギリスのベストセラー作家であるJ.K.ローリングのようなトランス排除的言動を契機に排外主義へと深化していった事例と、フェミニストによる過ちとを単純化して同列に扱うべきではない、と指摘した。第三に、内省的批判はフェミニズムの「スーパーパワー」であり、それは自己否定ではなく理想を追求する建設的な行為であり、フェミニズムが歴史的に階級、人種、西洋中心主義、異性愛規範といった課題に応答しながら進化してきたことを示した。

第四に、「誰もがフェミニストであるべき」という理想がある一方で、「フェミニズムはすべての人のためではない」とも指摘し、特権に無自覚な立場や名乗るだけで済ませようとする態度に対しては厳しく批判した。フェミニズムには努力と倫理的な判断が必要であり、防御的な態度ではその批判的精神を損なうことになるからである。第五に、「個人的なことは政治的である」というスローガンを再確認し、日常的な選択や嗜好の中に抑圧的な構造が潜んでいることを見抜く視点が、今なお重要であると強調した。そして、第六に、「敗北は失敗ではない」として、社会変革の遅れをフェミニズムの誤りとするのではなく、男性優位社会の根深い抵抗に原因を見出すべきだと指摘した。

最後に、ウォルターズ氏は、フェミニズムは「ラブストーリー」であると語った。ここでの「愛」とは、異性愛的で一対一の関係を描く古典的な物語ではなく、魔女の集会やガールズギャングのような、多声的で混沌とした愛と呪いの物語を指している。フェミニズムに対する傷や失望に抗しながら、なお、フェミニズムを信じ、愛し続けること。そしてそのような愛は、敗北ではなく希望であり、崩壊ではなく再創造の物語を紡ぎ直す営みであると訴えた。

本講演は、現在世界的に広がる反フェミニズムの潮流が、フェミニズムの「失敗」ではなく、むしろその影響力の大きさゆえに脅威とみなされていることの証であると指摘し、わたしたちを鼓舞するものであった。ウォルターズ氏は、今だからこそ、フェミニストたちがフェミニズムを愛し続ける意志と覚悟をもってこの時代に立ち向かうべきであり、「わたしたちがフェミニズムを愛することができなければ、フェミニズムを失い、それはわたしたちがわたしたち自身を失ってしまう」ことを意味する、と講演を締めくくった。

唐井梓(お茶の水女子大学大学院博士後期課程1年)


《イベント詳細》
IGSセミナー
「トラブルの時代にフェミニズムを愛するということ」

【日時】2025年4月21日(月)18:00 – 20:00
【会場】お茶の水女子大学共通講義棟2号館102室
【報告】
 スザンナ・ウォルターズ(ノースイースタン大学教授)
【司会】
 本山央子(IGS特任リサーチフェロー)
【開会挨拶】
 石丸径一郎(IGS所長/お茶の水女子大学教授)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】英語(日英逐次通訳あり)
【参加者数】89名