IGS通信

『「LGBT」差別禁止の法制度って何だろう?』出版記念トークセッション

2016年9月19日(月・祝)お茶の水女子大学にて、ジェンダー研究所とLGBT法連合会(正式名称:性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等に対する法整備のための全国連合会)共催により、『「LGBT」差別禁止の法制度って何だろう?〜地方自治体から始まる先進的取り組み〜』の出版記念トークセッションが開催された。

本書は、共催団体であるLGBT法連合会により本年5月に出版されたものであり、いわゆる「LGBT」(注)への差別禁止の法律の必要性について考察しているものである。全三章から成っており、法制度の必要性、当事者から集めた困難事例などの他、地方自治体での「LGBT」差別禁止の施策について、各自治体の長にインタビューも行っている。今回のトークセッションでの登壇者には、本書内で取り上げられた自治体のうち3自治体の、LGBT差別禁止施策の所管課長が含まれている。

司会は森谷佑未氏(LGBT法連合会)がつとめ、本学の副学長猪崎弥生氏、パートナー法ネット(LGBT法連合会代表団体)共同代表の池田宏氏からそれぞれ開会挨拶が行われた。続いてLGBT法連合会事務局長代理の綱島茜氏が出版報告と書籍の内容紹介を行った。

一人目の登壇者である世田谷区人権・男女共同参画担当課長若林一夫氏からは、世田谷区でのパートナーシップ宣誓の取り組みについて、制度の概要や運用状況の説明が行われた。世田谷区のパートナーシップ宣誓制度は、条例ではなく要綱の制定によって運用されている。要綱の場合、法的拘束力を持たないが、条例に比べ施行までの期間が短くできることが利点であるという。困難な状況に置かれている当事者に対して、できる限りはやく対応するべきであるという考えから選択された方法である。

二人目の登壇者である文京区総務部ダイバーシティ推進担当課長瀬尾かおり氏からは、現在の「文京区男女平等参画推進条例」におけるLGBTの扱われ方等と、今後の取り組みについての報告があった。今後の取り組みについては、まず文京区の全職員に対して、LGBT差別禁止についての啓発をし、認識を改めてもらうことを挙げていた。なぜならば、当事者は他の人たちと同様に、住民票の受け取りや税金の手続き等、様々な用件で役所との関わりを持っているからである。LGBT差別禁止の取り組みは、人権を扱う部署だけの問題ではなく、横断的にすべての部署に関わるものである。

三人目の登壇者である多摩市くらしと文化部平和・人権課長、TAMA女性センター長齊藤静子氏からは、「多摩市女と男の平等参画を推進する条例」公布までの経緯について発表が行われた。この条例は市民案を土台に作られたものであるが、市民案の段階(平成21年11月提出)から、LGBTも暮らしやすい社会を実現するという内容が盛り込まれていた。市民案であるからこそ、これだけ早い時期からLGBTへの配慮を盛り込もうという案が提示されたのではないだろうか。行政の職員でなく市民が、自らの生活感覚をもとに差別禁止を訴える方が、より実態に即した施策となるという面もある。多摩市では条例をもとに、LGBTに関する市民向け・職員向け両方の取り組みをすでにいくつも行っているが、相談体制の充実など、これから行うべきことも多く残されているという。

また、合わせて渋谷区長長谷部健氏からのビデオメッセージが上映された。渋谷区では全国的に有名になった同性パートナーシップ制度が施行されている。しかしこれだけにとどまらず、今後他の自治体の施策も参考にしながら、ますますLGBT差別を排除するような社会づくりをしていく予定だという。

休憩を挟み、パネルディスカッションが行われた。司会はLGBT法連合会事務局長神谷悠一氏がつとめ、パネラーには報告者として登壇した若林氏、瀬尾氏、齊藤氏の三名が並んだ。

神谷氏からは、他部署との連携の難しさについて問いかけがあった。行政の特徴である縦割り組織では、課を越えての問題共有には難しさが伴う。しかし、瀬尾氏の報告にもあったとおり、LGBTの問題は役所全体で取り組まなければならないものだ。とりわけ、窓口職員など直接当事者に接する機会の多い職員に対しては研修が必須であるし、役所は異動の多い組織であることから、結局はすべての職員への啓発が肝要である。パネラー三者ともに、それぞれの自治体での一層の職員への啓発の必要性を強調した。

最後の報告として、(一社)社会的包摂サポートセンター代表理事熊坂義裕氏から、電話相談「よりそいホットライン」のデータをもとに、全国的な「LGBT」の困難状況に関する発表が行われた。セクシュアルマイノリティ専用ラインでの相談者には自殺念慮を抱いた・抱いている人が多いことや、悩みの多くが人間関係に起因していることなど、困難な状況にある当事者の実像が示される内容であった。

次に、共生ネット(LGBT法連合会代表団体)代表の原ミナ汰氏から、今後の活動提起が行われた。今回のトークセッションで扱われたのは、主に自治体レベルでのLGBT差別禁止のための施策であった。しかし、自治体で行える範囲には限界があり、国レベルでの法律制定をもってしか行い得ない施策も多々ある。今後、自治体レベルの施策と国レベルの施策の両方が揃ってこそ、困難の不可視化や潜伏化を防いで、多様な人にとって暮らしやすい社会が実現するはずだとし、自治体だけでなく国への訴えかけの重要性を提起した。

閉会挨拶は、永野靖氏(LGBT法連合会)によって行われた。

自治体レベルでできる限りの施策を考え、進めていくことと、国レベルでの立法を求める、という二通りの方法を同時に行っていくことが急務である。

(注)書籍内ではLGBT法連合会によって「LGBT」ではなく「SOGI(Sexual Orientation and Gender Identity)」つまり性的指向と性自認という指標を用いるべきとする立場が示されている。ただし、すでに多くの人に馴染みつつある言葉であることから、今回のトークセッション内でも「LGBT」を便宜上用いている。

お茶の水女子大学大学院博士後期課程 吉澤京助

《開催詳細》
日時】2016年9月19日(月・祝) 14:00~16:40
会場】お茶の水女子大学 共通講義棟2号館201号室

出版報告

綱島茜(性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等に対する法整備のための全国連合会(通称:LGBT法連合会)事務局長代理)

報告者・パネリスト

若林一夫(世田谷区人権・男女共同参画担当課長)
瀬尾かおり(文京区総務部ダイバーシティ推進担当課長)
齊藤静子(多摩市くらしと文化部平和・人権課長、TAMA女性センター長)

ビデオメッセージ

長谷部健(渋谷区長)

特別報告

熊坂義裕(一般社団法人社会的包摂サポートセンター代表理事)

活動提起

原ミナ汰(NPO法人共生社会をつくるセクシュアル・マイノリティ支援全国ネットワーク(通称:共生ネット)代表理事)

司会

森谷佑未(LGBT法連合会)

パネルディスカッション司会

神谷悠一(LGBT法連合会事務局長)

開会挨拶

猪崎弥生(お茶の水女子大学副学長)
池田宏(特別配偶者法全国ネットワーク事務局(通称:パートナー法ネット)共同代表)

閉会挨拶

永野靖(LGBT法連合会)

主催

性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等に対する法整備のための全国連合会(LGBT法連合会)
お茶の水女子大学ジェンダー研究所(IGS)

参加者数】137名