IGSセミナー(生殖領域シリーズ1)「AID出生者のドナー情報を得る権利」
2017年5月29日(月)、お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科棟408室にて、IGSセミナー「AID出生者のドナー情報を得る権利」(生殖領域シリーズ1)を開催した。この回のセミナーでは、親族からの精子提供で生まれた木野恵美氏(仮名)を招き、木野氏が自分の経験を通して、親族提供についてどのように考え、どのような困難を抱えているかについて述べた。プライバシーにかかわる語りも多いため、木野氏自身の希望により、非公開のセミナーとなった。木野氏の報告は、ジェンダー研究所の特任リサーチフェローである仙波由加里が質問し、それに答える形で進められた。
木野氏(50代)は、30代前半に父親の入院・手術をきっかけに、両親と自分の血液型が一致しないことを知り、母親から、親族の提供精子で生まれたことを聞かされた。子どもの頃にも、両親と血液型が一致しないこと(父親はABで母親はO型なのに、自分の血液型がO型であること)を疑問に思い親に聞いたことがあるが、「検査結果が間違っている」と言われ、誤魔化されていたことをあらためて知った。真実を知らされ、たいへんショックを受け、また提供者である親戚の叔父の妻は、夫の精子提供に同意していなかったということも聞かされたので、親戚の集まりなどで、提供者の子ども(木野氏とは異母兄弟)や叔母に会うたびに複雑な気持ちになり、しだいに親戚の集まりにも顔を出せなくなったという。そして両親から事実を隠されてきたことや、ドナーを知りながら、それを隠し続けなければいけないことなどの心理的負担などについて言及した。
こうした自分の経験を踏まえ、木野氏は皆が事前にこの技術で子どもを持つことに了解し、隠し事がなく、皆が覚悟して技術を利用し、生まれて来た子を全員で受け入れる体制がないなら、この技術を利用すべきではないと考える。また木野氏は基本的にはAID(非配偶者間の人工授精)には反対する立場を示しているが、自分が出生の事実について知ったことについては、「誤魔化されたまま、もし生きていくとしたら、ひどすぎる感じがする」、「自分はこういう自分だと思って生きているのと全く違う、嘘の自分で生きていくのは人として尊重されていない感じがする」、「どんなに辛くても、苦労したとしても、知ることができたことはすごく良かったと思っている」と、事実を知ったことについては非常に肯定的に受け止めていた。木野氏の大きな支えとなったのは、自分と同じように提供精子で出生した人たちと会い、同じ思いを共有できるようになったことだと言った。
今もなお、提供配偶子で子どもを持ったが、自分の子どもに出生の事実を伝えないという親が少なくないという研究報告もみられる。しかし木野氏の話からもわかるように、親は隠そうとしても、何をきっかけに子は事実を知るかわからない。「都合の悪いところは隠して、世間体や周りに対して普通の家族のように体裁を整えるというのは、家族ではない」という木野氏の言葉を、過去に配偶子提供を受けた親や、これからこの技術を検討しているカップル、そして私たち一般の一人ひとりが重く受け止めなければいけないと感じた。
(記録担当:仙波由加里 IGS特任リサーチフェロー)
【日時】2017年5月29日(月)15:00~17:30
【会場】人間文化創成科学研究科棟408室
【報告】木野恵美氏(仮名、AID出生者)
【ファシリテーター】仙波由加里(IGS特任リサーチフェロー)
【主催】ジェンダー研究所
【参加者数】6名