IGSセミナー「経済効果は政策よりもジェンダー平等達成に有効か?安倍政権の「ウーマノミクス」以降」
2013年9月、安倍首相は国連総会の場において、日本は「女性が輝く社会」実現を目指した構造改革を推進することを宣言した。これは、アベノミクスと呼ばれる政権の経済政策の一環としての「ウーマノミクス」である。過去の政策や発言から、フェミニストではないことが明らかな安倍氏が、選択の余地なくこうした政策をとるに至った背景には、金融やビジネス関連の国際機関が主導する、経済成長のための女性活躍推進というグローバルな動きがある。より直接的には、ゴールドマン・サックス証券が発表した、日本への投資戦略に関する文書に依拠している。
社会政策分析のようにみえる文書ではあるが、目的は投資家のためのビジネスパートナー提案である。そして、ジェンダー・ギャップ指数114位という日本の現状のままでは、投資家にとって魅力的とは言えないことが示されてもいる。また、その分析は完全に米国金融界視点のものであり、日本の社会文化的状況を十分に踏まえているとは言い難い。しかし、これが、現在の女性活躍推進政策の下敷きになっているのである。
1980年代以降の統計を見ると、総体的な傾向として、女性の労働力活用が進んできていることがわかる。結婚または出産をきっかけに離職する女性は明らかに減少してきている。とはいえ、同年齢でも、未婚女性の就職率は男性並みに高いが、既婚女性は極端に低くなるという状態は続いている。長期的な景気低迷を背景に、男女を合わせた就職率は下がっている。しかし、この男女別数値をみると、女性は横ばいだが男性は下降している。また、非正規雇用の比率は、女性の非正規雇用率は男性よりも極端に高いままではあるが、男女ともに上昇してきている。このような就労状況の推移には、産業構造の変化も影響している。女性労働者が50%以上を占める業種は、医療・介護、ホテル・飲食店、家事代行業、娯楽、教育、金融業であり、これらのサービス産業はいずれも成長産業である。製造業からサービス業に産業構造が変化する中で、女性の労働力に対するニーズは高まっている。
個別の実施政策の内容は、どういう世帯モデルを目標とするかで変わってくるが、その収入とケアの形態により、1)男性稼ぎ手モデル、2)共稼ぎワーク・ライフ・バランスモデル、3)サービス市場誘導モデルの3つのモデルが考えられる。日本において長く標準と見なされてきた1)男性稼ぎ手モデルは既に減少傾向にあるが、社会規範としてこれに執着する傾向があり、急速な変化は目指されていない。積極的な対策として、北欧諸国が取り入れている2)ワーク・ライフ・バランスモデルを目指した、男女共同参画基本法制定や、公的な育児支援サービスの拡充政策がすすめられてはいるが、制度の整備が不十分で、政策効果が期待したようには上がって来ていない。そこで提案されているのが、3)サービス市場誘導モデルである。これは、家事、育児、ケアに民間のサービスを活用するという考え方である。アメリカでは安価なアウトソースサービスの存在がこれを可能にしている。ゴールドマン・サックスの文書には、育児サービスは民営化される必要があるとある。安倍政権が、家事分野での外国人労働者の受け入れを「国家戦略特区」としたのは、これがマジック・ソリューションになると考えられているからである。
明らかなのは、安倍政権が進めるウーマノミクスは成長戦略であり、持続性戦略ではないということである。民間サービスの活用は、国家予算の圧迫を軽減するかもしれないが、国家予算の赤字そのものの縮小はもたらさない。また、伝統的なジェンダー分業が基本とされている点は従来と変わりはない。これからの日本がどのような社会を目指すべきかという、より良い社会づくりのための将来像は、そこには存在していない。
このように、講義では、日本の女性活躍推進の政策は、持続的な男女平等社会の実現を目指すというよりも、不足している労働力を女性で補填して済ませようとしているだけであることが、鋭く指摘された。続く討論では、家事労働や育児支援制度の日独比較、旧東西ドイツ比較から、それぞれの類似性と差異が挙げられた。旧共産圏の育児支援などの制度は、男女の別なく労働力を動員する目的で整備されたものであるが、各職場に保育所があるなど、現在の日本の育児支援政策に求められている充実度が達成されている。「どのような社会を目指すのか」という問いの奥深さを考えさせられるセミナーであった。
(記録担当:吉原公美 IGS特任リサーチフェロー)
《開催詳細》
【日時】2018年2月9日(金)
【会場】本館127号室
【講師】アネッテ・シャート=ザイフェルト(IGS特別招聘教授/ハインリッヒ・ハイネ大学デュッセルドルフ教授)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】英語
【参加人数】14名