IGS通信

第3回IGSセミナー:出生前検査における選択と同意

第3回IGSセミナー:キャサリン・ミルズ先生を迎えて
Choice and Consent in Prenatal Testing(出生前検査における選択と同意)

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キャサリン・ミルズ氏
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柘植あづみ氏
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マルセロ・デ・アウカンタラ氏
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  2015年11月18日(水)にお茶の水女子大学にて、ジェンダー研究所主催のIGSセミナー「Choice and Consent in Prenatal Testing(出生前検査における選択と同意)」が開催された。本セミナーはすべて英語で行われ、その主要なテーマは、妊娠している女性が出生前検査を受検するか否かの選択や、検査で胎児に障がいのある可能性が提示された場合、女性たちの産む・産まない選択は本当に自律的決定であるかという問題であった。セミナーではモナシュ大学のキャサリン・ミルズ氏と明治学院大学の柘植あづみ氏が、それぞれオーストラリアと日本の出生前検査の現状を踏まえ、検査に関する問題を提起し、その後、お茶の水女子大学のマルセロ・デ・アウカンタラ氏が2人の報告を踏まえて法学研究者の立場からコメントした。参加者は9名であったが、深いディスカッションができた。
第一スピーカーのキャサリン・ミルズ氏は、バイオエシックスやフェミニズムの視点から妊婦の出生前検査に関する女性たちの自己決定に言及した。オーストラリアの特に超音波検査実施の現状を例にあげ、標準化(Normalizing)、選択装置(Apparatus of Choice)をキーワードに話をすすめた。人が何かを選択するとき、文化や社会環境に大きく影響を受けるが、出生前検査に関しては、障がいに対する差別や偏見と結びついている。超音波検査は妊婦や胎児にとって非侵襲的であるため、これが出生前検査であることを自覚しないまま妊婦たちが受検している点も問題として提示した。最近、オーストラリアでもNIPT(Non-invasive Prenatal Testing―新型出生前検査)が導入され、これも妊婦の血液の採取だけで検査が可能で非侵襲的なために、検査が普及しつつある。しかし少なくとも、NIPTでは実施前にインフォームドコンセントやカウンセリングがあるが、超音波検査にはこれらがない。ミルズ氏はフーコーの著作をあげ、18世紀以降のバイオポリティクスの本質や、とくに規律権力(disciplinary power)に言及した。生権力の基本的な考え方は、個人や全体の健康やウェルビーイングを維持・促進することに関心をむけた生殖の権力(reproductive power)や生殖行動の社会化であり、ある状態を病理化することと関連する。ミルズ氏は超音波検査が標準化のための医療技術であり、これで障がいの可能性がわかった場合、妊婦に一定の選択をさせるための装置(apparatus of choice)が作動しているという。つまり妊婦の障がいに対する思いが、妊婦の選択や自律というような道徳的原則、もしくは倫理原則と妊婦を密接に結びつけ、障がい児排除の方向へとむかわせているというのだ。
この議論を受けて、次に明治学院大学の柘植あづみ氏が日本の状況について説明した。日本では超音波検査以外の出生前検査(羊水穿刺等)の実施件数は他の先進国に比較すると非常に低い。日本の出生前検査の第一人者、佐藤のデータによればアメリカでは母体血清マーカー検査は日本の167倍、ドイツでも羊水穿刺が日本の10倍も実施されている。1999年の調査では、日本の妊婦全体の3パーセントしか母体血清マーカーによる出生前検査を受けていないと報告されたが、旧厚生省と産婦人科医は1999年、妊婦に積極的に母体血清マーカーという出生前検査のことを知らせなくてもいいという声明をだした。これは国や産科医たちが障がいのある胎児の中絶が増加することを懸念したからである。日本ではNIPTが2013年から導入されたが、35歳以上の妊婦しかこれを利用できない。導入前には、妊産婦の年齢が高くなっている日本で、この検査は優生思想による安易な中絶に結びつくとその賛否が議論された。日本では現在年間約20万件弱の中絶が実施されているが、出生前検査の結果の中絶はわずかにすぎない。おそらく1~2%ほどではないか。2013年にNIPTが導入されてから、検査の実施件数は7700件であり、そのうちの0.6%しかNIPTで陽性反応がでていない。にもかかわらず、この検査で中絶があたかも増えるという考え方がでてくることに対し、柘植は疑問を呈した。その後、柘植氏は日本の出生前検査が優生思想と深く結びつき、堕胎の罪で中絶が刑法で禁止されているのに、優生保護法や母体保護法と関連を持って、すすめられてきた経緯を紹介した。
これら二人の報告を受けて、マルセロ・デ・アウカンタラ氏が法の専門家としてコメントをした。アウカンタラ氏は出生前検査に関連する過去にあった2つの事例をあげて、いずれ医師がWrongful Life訴訟(生まれないほうがよかったと提訴)を避けるために、出生前検査を提示するようになる可能性があるという。最初の事例は1997年に京都で39歳でダウン症の子どもを出生した女性とその夫が起こした裁判である。女性は年齢的な不安から妊娠20週目に医師に羊水検査を希望する旨を伝えたが、医師は中絶ができなくなる妊娠22週目以降にしか結果がでないため、羊水検査は無意味だと検査の提供を拒否した。裁判では、この医師の主張が認められ、女性と夫は敗訴した。もう一例は2011年に欧州人権裁判所でおこった裁判で、ターナー症候群の子どもを出産したポーランド人の女性が、医師が中絶可能な期間に検査について情報提供を怠ったために、障がいのある子どもを産んで個人と家族の生活権が侵されたと訴えた。女性はポーランドの裁判所にも訴え、最終的に欧州人権裁判所に持ち込まれ、この裁判では女性が勝訴したという事例をあげた。  出産・育児は個人的なことだが、それが優生思想等と結びつき、女性の選択や決定が操作されている点が明らかになった。

(記録担当:仙波由加里 IGS特任リサーチフェロー)

《開催詳細》
【日時】2015年11月18日(水)18:15~20:45
【会場】お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科棟408号室
【スピーカー】
キャサリン・ミルズ(モナシュ大学准教授・オーストラリア)
柘植あづみ(明治学院大学教授)
【コメンテーター】
マルセロ・デ・アウカンタラ(お茶の水女子大学准教授)
【コーディネーター/総合司会】
仙波由加里(お茶の水女子大学ジェンダー研究所
特任リサーチフェロー)
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【参加者数】9名