IGSセミナー報告「日本における女らしさの表象」
「⼥は愛嬌だ」とか「⼥は可愛くなければ」といった語りは、現代日本においても根強い。この種の「⼥らしさ」には、⼥性自⾝が理想とする⼥性像や男性が理想と思い描く⼥性像がさまざまに交錯している。2019年10月28日開催の本セミナー「日本における女らしさの表象」では、前回(2017年12月18日開催IGSセミナー「日本における男らしさの表象」)男らしさについてお話いただいた、日本政治思想史がご専門の渡辺浩氏(東京大学名誉教授)を再びお招きして、徳川時代から明治にかけての「⼥性」理想像についてご報告いただき、現代に至る⼥らしさの問題について、議論した。報告は、前半の「1.徳川体制と「⼥」」、休憩を挟んでの後半の「2.「文明開化」と「⼥」」と二部構成で行なわれた。
1.徳川体制と「⼥」
徳川期の日本では中国や⻄洋などで見られた処⼥崇拝はなく、⼥性は離縁や再婚を往々にして行ない、雑魚寝などの風俗が普通に見られたこと、また武家において、望ましい妻として公家に代表される京⼥との結婚がよく行なわれたことなど、現代とは異なる当時の社会状況が指摘された。
当時、⼥性に要求された資質として「情け」と「愛敬」があり、これは男との非対称的な関係の中で生きる⼥性にとって、儒教の五倫における「夫婦相和シ」の圧力ともなった。そしてさまざまな物語を通じて「もののあはれ」を知り、上品で性的であることが男尊⼥卑の世界の中で、⼥性に求められたことでもあったという。そして、⼥性にとって⼥の中の⼥を表象する「禁裏」の世界(そして吉原太夫のような「遊⼥」にも通底する⼥性の理想)にあるように、芸事を⾝につけることが⼥性としての評価を高める重要な要素であり、⼥の理想的資質を備えるべく、書や物語、裁縫、琴、香、茶の湯、連歌俳諧などに励んだとのことであった。
2.「文明開化」と「⼥」
セミナー後半では、明治以降の⼥性の捉え方の変容が取り上げられた。まず「「色」の氾濫と封鎖」と題して、「性」に着目した報告がなされた。
徳川体制においてあったように⼥性は情け深い存在と見なされ続けたこと、志士達や自由⺠権論者においても英雄豪傑志向は強く、色を好むという男性性の在り様があったこと、幕末以来の好景気を背景に町が開けると遊郭が作られたこと、⾝分制度の廃止と廃藩置県によって空間的な広がりと社会層の流動性が高まり、結婚などについての選択の幅が広がったこと(政治家が芸者を妻にすることも問題とはならなくなった)という背景があると指摘された。良妻賢⺟の教育を説く政治家が宴席には芸者を呼び、妾を囲い、そして妻は元芸者という状況から明治期以降のことを考える必要がある。
しかしここに⻄洋化と儒教化が影響して、英雄豪傑は文明的な紳士となり、性的なものを社会の表面から排除していこうとする文明開化のもう一つ側面が、性別分業を当然視する形で進行し、遊⼥の地位は江⼾時代よりも低下していった。いわば言論・建前としての色の封じ込めと、本音としての色の氾濫があり、いずれの動きも、⼥性が政治に関わるようなことには繋がらなかった。
続いて「「処⼥」の悩み」と題して恋愛と婚姻について取り上げられた。明治になると離婚が多いことは文明国として恥であるとの考えから、婚姻の在り方を変えていくべきだという議論が起きてくる。その流れで自由恋愛による結婚が主張された。しかし一生涯続く結婚を若者の恋愛といった不安定な情愛に基づかせることは危うく、やはり両親の関わりが必要と考えられ、「男⼥相択の説」が捉えられ、また恋愛を動物性の劣情や感情に左右される罪悪とさえ捉える議論が起きた。それはいわば親が若い男を「鑑別」することでよい結婚へと至るのだとされた。
元来、実家にいる⼥性や「おとめ」を意味した処⼥という概念が、明治になって性的関係のない⼥性という意味合いで使われはじめ、そのため結婚した妻には貞操が強調・重視されるようになっていったという。結婚年齢は16歳に始まり、20歳が最も多く、24歳は結婚するにはぎりぎりの年齢と考えられるようになった。自分で婚活することができない、出会いもないという状況では、田舎から出てきた⻘年男性が下宿屋の娘と恋に落ちるということくらいしかなかった。一面では、⻄洋風の恋愛に憧れるが、避妊などもよくわからず、堕胎が罪となる中で、親に決められた縁組に従っていく⼥性が多かった。このような状況によって、明治後半、離婚率は急速に下がり、1930年代は史上最低の千人当たり0.5件にまでなった。
また「⼥学生の悩み」と題して、明治以来の⼥性につきつけられた二律背反とも言える⼥性の理想像を引き受けるかどうかをめぐる言説が紹介された。
最後に、平塚らいてうなど明治の第2世代を引き合いに、愛敬ある⼥と良妻賢⺟との間で、どちらでもない自分の在りようを模索する「新しい⼥」がとりあげられた。『⻘鞜』で展開された新しい⼥の、特定の理想像に合わせるのではなく、一人の人間として生きたいという訴えは、当時のジェンダー構造への根本前提を揺るがすものであったということで講演は締めくくられ、その後、活発な質疑応答があった。
記録担当:板井広明(IGS特任講師)
《参考書籍》 |
『明治革命・性・文明:政治思想史の冒険』 渡辺浩 著 東京大学出版会 2021年6月刊 |
《イベント詳細》 【日時】2019年10月28日(月)15:00〜18:00 |