IGSセミナー報告「性同一性障害とトランスジェンダーは「水と油」か」
2019年3月7日、セミナー「性同一性障害とトランスジェンダーは「⽔と油」か」では、千葉大学准教授の鶴田幸恵氏をお招きして、「性同一性障害という概念は、病理概念として理解され使用されており、人権概念であるトランスジェンダーとは相容れない」という捉え方があるが、そうした捉え方を引き受けない人びともいるのはなぜかを、トランスジェンダーの活動家へのインタビューデータを元に報告いただいた。
まず性同一性障害とトランスジェンダーという概念の相違について、性同一性障害(Gender Identity Disorder)は病理概念であり、ホルモン投与など医学的介⼊を可能とするものであったのに対して、トランスジェンダー(Trancegender) は、脱精神病理化を目指した当事者運動から出てきた言葉であったという。その意味で、トランスジェンダーは、アイデンティティの問題と捉え返して自らの尊厳を取り戻すために人権に訴え、差異を認め合う社会へと誘うものであった。
鶴田氏は、エスノグラフィックな分析を通して、性同一性障害とトランスジェンダーとがどのように、そしてまたどのような概念と結びついているのかという観点から、両者の差異を論じた。その観点から、性同一性障害が性別枠組みを維持する活動であるのに対して、トランスジェンダーは性別枠組みを緩める活動という違いが見えてくるという。
欧米では病理化の概念である性同一性障害ではなく、トランスジェンダーが使われる傾向にあるのに対して、日本では、性同一性障害がアイデンティティとして使われる傾向があったという対比も指摘された。欧米では、社会的なアプローチ、すなわちトランスジェンダーの心身の健康のために医療を利用するという、いわばトランスジェンダーが医療を利用する主体として性別移行が捉えられてきたのに対して、日本では、性同一性障害という医学的診断に基づいて客体化される形で性別移行が行われてきた点で、医学の役割も大きく異なっていたという。
このようにして、日本における性同一性障害概念の変遷の背後に、利便性に基づいた医療概念のローカル化という特徴がみて取れる。性同一性障害は病理概念ではあるのだが、社会的に受容・配慮可能なものへと開く契機として医学を利用するという事態が起きたとも言える。
少数派の身体特性を持った身体が多数者の社会に関わったときに生じる障碍の社会モデルを前提に、日本では性同一性障害とトランスジェンダーは⽔と油という相容れないものであるという捉え方にはなっていないことが、エスノメソドロジーのアプローチから明らかにされた。
したがって、トランスジェンダーの対⽴概念ではないものとして性同一性障害を捉えているということは、それはすでに「性同一性障害」ではなくなっていて、病理概念ではなく、社会モデルによる「性同一性障害」概念になっているという指摘がされた。
質疑応答においては、性同一性障害とトランスジェンダーについて、運動の当事者からの発言や国際比較など、様々な論点について活発な議論が行なわれた。
記録担当:板井広明(IGS特任講師)
《イベント詳細》 【日時】2019年3月7日(⾦)15:00〜17:30 |