IGS通信

3/17「IGS研究協力員研究報告会」(学内限定)

イベント詳細

2023.3.17 IGS研究協力員研究報告会(学内限定)

2023年3月17日、お茶の水女子大学ジェンダー研究所の研究協力員研究報告会を開催し、2022年度のIGS研究協力員であった板井広明氏(専修大学)、仙波由加里氏(ドナーリンク・ジャパン)、平野恵子氏(横浜国立大学)、佐野潤子氏(慶應義塾大学)の4名が報告した。

板井氏は「ミソジニーとフェミニズム」というタイトルで報告した。今回の報告は2022年に出版されたシーラ・ジェフリーズ『美とミソジニー:美容行為の政治学』(慶應義塾大学出版会)を取り上げ、この著書に通底するトランス差別的な立場の来歴とその論理の再確認を行うという趣旨であった。まずはトランスジェンダーをめぐるリベラル・フェミニズムとラディカル・フェミニズムの思想を紹介し、次いで現在の日本社会におけるトランス差別とそれに抗する言説を紹介した。トランス差別的な言説は一部のフェミニスト達からも発せられており、それにどのように応答するべきなのか、参考になるだろうと思われる複数の著書を示しつつ、インターセクショナリティ概念の重要性を強調された。 

仙波氏は「生殖補助医療に関する法律の欠如がドナーリンクに及ぼす影響と課題」というテーマで、自身も立ち上げに関わった一般社団法人ドナーリンク・ジャパンの活動を通して見えてきた課題について報告した。ドナーリンクとは、生殖補助医療で生まれた人と過去に精子や卵子を提供したドナー、または同一のドナーから生まれた人同士を結び付ける(リンクする)ことを指すが、その際にはドナーの提供時の情報や出生者の親が提供を受けた際の情報、さらに出生者の情報やその情報開示が必要となる。近年では「出自を知る権利」を法律で保障している国も増えてきているが、日本ではまだドナーの法的立場を明示する法律が存在しない。仙波氏は、法律の欠如による諸問題を紹介し、日本における法律の整備とドナーリンクへの社会的理解の深まりの必要性を提起した。

平野氏は「ギグ・エコノミーと再生産労働に関する研究動向」というテーマでインドネシアのギグ・エコノミー領域における家事労働者について報告した。ギグ・エコノミーとはプラットフォームを介して行われる労働であり、「ギグ」とは狭義には臨時・随時の雇用形態を指すことばである。平野氏は、ギグ・エコノミーをめぐる先行研究の論点を整理し、かつては二重労働論における第二次労働市場として「女性化(feminized)」されていたギグ・ワークが社会的備給プロセスの中で主流に移行してきたことを紹介した。こうした流れを踏まえた上で、インドネシアのギグ・エコノミー型家事労働者の状況とインタビューを参照しつつ、ギグ・エコノミー型家事労働者と一般的な家事労働者の比較をし、社会保障の有無や意識の差異を通して序列化・切断化される家事労働者たちの現状を提示した。

佐野氏は「既婚女性の資産形成:日本とノルウェーの比較から」というテーマで報告した。超高齢化社会を迎えて老後の人生に備えるための資産形成の重要性が高まる中、夫婦それぞれの名義資産の格差が存在している。佐野氏はこうした夫婦それぞれの資産格差の要因にジェンダー意識が関係するのではないかと日本とノルウェーの比較調査を行った。夫婦間の資産格差には年齢や学歴、収入などの影響に加えて家計の意思決定を妻が担っていることも重要な要因であるというドイツの先行研究を紹介し、日本の調査ではこれに準ずるという結果だったが、ノルウェーは全くそうした変数が格差につながっていないことを実証的に示した。家計の意思決定を妻がもつと資産格差が低くなるという日本の場合、それは収入の多寡ではなく性別役割分業に根付いており、性別役割分業を担うことが夫婦間の金融資産額の格差是正につながっていることが指摘された。

4人からの非常に興味深いテーマとそれに関連する問題提起に、参加者の間からも様々な質問やコメントがあがり、非常に意義のある討論を展開することができた。最後にジェンダー研究所所長である戸谷陽子教授より報告会についての総括の言葉が述べられた。

記録担当:嶽本新奈(ジェンダー研究所・特任講師)


《イベント詳細》
IGS研究協力員研究報告会(学内限定)

【日時】2023年3月17日(金)10:00~12:30
【会場】オンライン(Zoom Meeting)
【報告】板井広明(ITAI, Hiroaki)(専修大学経済学部准教授)
「ミソジニーとフェミニズム」
【報告】仙波由加里(SEMBA, Yukari)(ドナーリンク・ジャパン)
「生殖補助医療に関する法律の欠如がドナーリンクに及ぼす影響と課題」
【報告】平野恵子(HIRANO, Keiko)(横浜国立大学准教授)
「ギグ・エコノミーと再生産労働に関する研究動向」
【報告】佐野潤子(SANO, Junko)(慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジーセンター特任講師)
「既婚女性の資産形成:日本とノルウェーの比較から」
【司会】嶽本新奈(Takemoto, Niina)IGS特任講師
【開催のあいさつ・コメント】戸谷陽子(TOTANI, Yoko)(IGS所長)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】日本語
【参加者数】15名