IGS通信

セミナー(学内限定)「トランス排除を乗りこえるみんなのフェミニズム 」

2023.7.21 IGSセミナー(学内限定)「トランス排除を乗りこえるみんなのフェミニズム──連帯という実践へ

 2023年7月21日(金)、IGSセミナー「トランス排除を乗りこえるみんなのフェミニズム──連帯という実践へ」が、研究所所属教授・申琪榮氏の担当する博士課程前期ゼミ「フェミニズム理論の争点ゼミ」との共同で開催され、ゼミ受講者の髙橋奏音氏、鈴庄美苗氏により司会進行が行われた。
 まず申氏から、本著出版元である解放出版社から本セミナーをご後援いただいた旨と、ゼミ生主導による本セミナーの企画・運営についての経緯が説明された。そして、『被害と加害のフェミニズム──#MeToo以降を展望する』監訳者である影本剛氏より、韓国社会におけるフェミニズム運動・理論の受容やその過程の説明が行われた。
 本著が刊行された背景として、影本氏は、2020年に立命館大学での教養科目の内容を構成するために関連書籍を通読した際に、最も感銘を受けたものとして本著に出会ったと語った。翻訳については、2021年の11月から共訳者のディディ氏とともに編集を始めたと述べる。影本氏は、本著の特筆すべき点として次の2点を強調する。第一に、本著を含めた「トランス叢書」シリーズ(既刊4冊)を通して、本著の制作グループである「トランス研究会」(日本語発音の「trans」をハングルで表記した名称を持つ韓国の性文化研究会)が長年にわたって自分たちの言語を作り上げてきたという点である。本書の筆者たちは1990年代からそれぞれの現場で活動し、「フェミニズム冬の時代」と言われる2010年代前後の時期においても、フェミニズムの手法を手放さずに培ってきた歴史的な蓄積、そのような韓国におけるフェミニズムの困難で複雑な文脈を確りと踏まえた上で2015年以降の「フェミニズム・リブート」の諸現象を捉えた点に本著の魅力があると説明する。第二に、本書が二次加害と被害者中心主義という言説批判を通して鋭く切り込んでいるのは、韓国社会の文化という側面だということだ。つまり司法的な規範において裁くことができず「合法」とされてしまう現象、そこに見出すことができる社会の歪みについて、的確に問題提起を行なっていると、本著の魅力を伝えた。
 次に、パネリストとして花岡氏と森田氏が、影本氏の報告と本著への応答を行なった。
 花岡氏は、自身の修士論文であるSNSにおけるトランス排除言説の分析について簡潔に説明を行い、日本社会での文脈に基づき応答した。花岡氏は、Twitterにおけるハッシュタグ「#ファイヤーデモ」を分析対象とし、“生物学的な女性の安全を守るための社会運動”としてのオンライン・フェミニズムの動向を研究した。自身の研究結果と影本氏の報告を踏まえて、花岡氏は、日本におけるファイヤーデモが、韓国におけるトランス排除的なフェミニズムの流れとの連帯から始まった運動であると指摘する。そしてまた、本著で問題視されている「被害者中心主義(『被害』による連帯)」が、日本におけるファイヤーデモにも顕著に現れているのではないか、と自身の見解を示した。最後に花岡氏は、影本氏の「韓国においては、国家が兵役の対象となる男性を規定すると同時にトランスジェンダーも規定している側面がある」という発言に触れ、日本における排除をめぐる現状を指摘した。2023年6月に成立・施行されたLGBT理解増進法の議論において、SNSなど各所でトランス排除言説を主張してきた人々が衆議院内閣委員会で参考人として発言したことは、排除言説を行う勢力が着々と力を伸ばしているといった現実を反映しているという。
 森田氏は、我々が「不平等が自然化されているシステム」の中で生きていることを、我々自身が自覚できない構造があることに問題意識を持っていると述べ、心理学領域における修士論文の経過報告を用いて影本氏に応答した。
 森田氏は、トランス排除についての「気づき」に関する調査で明らかとなった、ミサンドリー(男性嫌悪)的な語りに対して共感を覚え、トランス排除言説に同調した人々の語りについて説明する。そのような人々は、トランス排除言説を支持しながらフェミニズムをまなざすことへの自己矛盾の感覚と違和感を積み重ねた結果、自身の思考が「差別的」であると認識するに至ったという。自己矛盾の感覚と違和感とは、具体的には、男性からの「過激で差別的な女性への発言」をミラーリングして「過激で差別的な男性への発言」をしている、という自身の行為への「気づき」がその一例である。またここには、これまでフェミニストが抵抗してきたルッキズム(外見中心主義)とみなされるような「基準」を、トランス女性には適用するといった言説の矛盾に触れることによる「気づき」も含まれる。調査対象者は、これらの「気づき」によって、自身のトランス排除言説に対する同調にブレーキがかかったという。森田氏はこれらの結果を踏まえて、個人によって「何が差別として認識されているか」と同時に、「何が差別として認識されていないのか」の両者をこれからの分析の方針としていきたいと結んだ。
 最後に、ゲストスピーカーとパネリストとのトークセッションが行われた。「連帯のためにどのように我々はアプローチをし、行動していくべきなのか」という質問について、影本氏は、 “運動の主体でないとしても、連帯とは違う存在だからこそするものであり、連帯をしようとし続けることで自らを主体化させていく”という「連帯」を続けていくことが大切だと強調した。また、花岡氏は、“自身の特権性を自覚しつつ、フェミニズムやクィアをめぐる事象に興味がある人々を巻き込んでいく”「連帯」のあり方をあげ、SNSが差別と排除の蔓延する言説空間であることは事実だとしながらも、他方で、SNSによりセーファーなコミュニティへのアクセスが可能となっている人がいることに触れ、あらゆる「連帯」のあり方を模索し続けたいと述べた。
 森田氏は、議論の相手が生身の人間であることを実感できるようなコミュニケーションの重要性を強調し、“お互いがお互いに侵襲されたことを伝え合えるような空間を作っていく”という「小さな実践」を提示した。
 最後に影本氏は、日本におけるこれからのフェミニズムのあり方を議論するなかで、日本で「慰安婦」問題についての研究が熱を持って行われてきたことに敬意を表しつつも、日本の植民地支配に対する批判と反省を遠ざけずに、ここからさらなる議論を積み重ねていくことの重要性を述べた。そして、韓国社会において、「慰安婦」問題こそが1990年代の社会の雰囲気を変化させてきたということを背景に、女性たちの声が記録されてきたことを評価し続けなければならないと結んだ。活発な議論と多様な応答が行われ、セミナーは終了した。 

記録担当:唐井梓(お茶の水女子大学大学院ジェンダー社会科学専攻博士前期課程)


《イベント詳細》
IGSセミナー(学内限定)トランス排除を乗りこえるみんなのフェミニズム──連帯という実践へ
【日時】2023年7月21日(金)13:00~14:30
【会場】共通講義棟2号館101室(対面)
【スピーカー】影本剛(『被害と加害のフェミニズム #MeToo以降を展望する』監訳者)
【パネリスト】花岡奈央(ジェンダー研究所アカデミック・アシスタント)
森田真梨子(お茶の水女子大学大学院博士前期課程人間発達科学専攻)
【司会】
髙橋奏音(お茶の水女子大学大学院ジェンダー社会科学専攻博士前期課程)
鈴庄美苗(お茶の水女子大学科目等履修生/三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社  公共経営・地域政策部 主任研究員)
【主催】ジェンダー研究所、「フェミニズム理論の争点」ゼミ
【後援】解放出版社
【言語】日本語
【参加者数】57名