2023.11.21 IGSセミナー「「戦後」沖縄フェミニズムにおける「ホーム」概念の変容とその可能性」
報告者の佐喜眞彩氏は、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」を主軸としたローカルからグローバルなフェミニズムの連帯の背景には、「戦後」沖縄フェミニズムの一前史として島マスの活動が位置づけられると評価する。島の功績を念頭に置きつつ、島が創り上げた居場所としての「ホーム」概念と、安全保障が示すドメスティックな空間としての「ホーム」との差異を検討すべく、本セミナーでは議論が展開された。
佐喜眞氏によれば、米国は帝国拡張のレトリックとして、マニフェスト・ドメスティシティ(Manifest Domesticity)概念を利用していたという。米国が植民地政策を推し進める空間では、帝国の「ホーム」概念がゆるがないように、家庭/国家(内/外)の境界線を設定し、さらに安全保障という名目のもとに軍事施設を設置するという人種差別と軍事戦略のプロセスが施された。この過程を経て、沖縄は米国のホームフロント(home front)として位置づけられてきた。こうしたドメスティックな空間へと収斂されるプロセスで生じたのが、沖縄の女性の「二元化」である。米軍が行った女性政策によって、模範的な理想像に当てはまる「救うべき」女性と、性労働によって生き延びようとしていた「救うべきでない」女性との間に境界線が引かれ、ドメスティックな空間に馴致されていった。こうした1940年代の米軍の文化(宣撫)政策による二分化に大きく関与したのが、婦人会である。終戦直後に地域のリーダー的存在だった女教師たちが引導し立ち上げた「戦後」婦人会は、米国からの支援や軍の占領政策として教育を施す沖縄民政府文教部と連携を図った。佐喜眞氏によれば、この時点から婦人会はすでに軍と密接に結びつきがあったという。米国による宣撫政策は本格化し、1950年12月15日には琉球列島米国民政府(USCAR)が行政機関として設置されるドメスティックな空間の拡大と女性の分断の亀裂はますます大きくなる一方で、コザでは米兵相手の商売を生業にする者たちが増加し、やがて歓楽街となる。歓楽街設置に対し、当時の新聞では「堕落」や「恥」といった言葉で形容され、沖縄婦人連合会は、性産業に従事することなく「正業」に就くよう計らいを知事に要請しながらも、家庭生活への悪影響を鑑みて基本的に設置には反対であった。歴史学者である林博史や、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」の高里鈴代によれば、彼女たち「特殊婦人」は、米兵による性暴力から一般婦人を守る「防波堤」としても考えられていた。
こうした女性の二分化による帝国主義的な空間に、「ホーム」という場所を創り上げたのが「沖縄の福祉の母」と称される島マスである。島は、沖縄の女性の対米兵産業を当時の貧困の生存戦略として捉え、彼女たちをも包括した「ホーム」としての福祉施設を設立し、運営した。佐喜眞氏の主張するところは、島が提唱した「ホーム」は、米の安全保障戦略によってつくられたドメスティックな空間としての「ホーム」とは異なる意味を持つという点である。島は、40年代~50年代前半の活動として、戦災母子家庭への支援、そして子どもの福祉施設の創設に努めた。婦人会長および厚生員であった島は、売春女性の自立への道程を作ることに重きを置き、身寄りがなく帰る家のない「社会の底辺に吹き寄せられた」子どもたちの居場所つくりに奔走した。佐喜眞氏は、こうした島の生存のための最低限のライフラインから繋ぎとめようとする「ホーム」は、まさに家庭の意味を持つ「ホーム」とも、ドメスティックな空間で安全保障の倫理に裏打ちされる「ホーム」とも異なると結論付け、報告を締めくくった。
ディスカッサントの土井智義氏によるコメントでは、佐喜眞氏の論点は、沖縄のフェミニズム運動が遂げた「思想的転換」に着目した点にあるとの報告がなされた。その運動の思想を先駆けた島が行った別の「ホーム」という居場所の構築は、まさに女性間の分断を超えるものであり、沖縄のフェミニズム運動史の可能性を開いた。一方で、エイミー・カプランによるマニフェスト・ドメスティシティの参照に関しては疑念的であり、むしろカプランも外/内の境界の不安定性を強調していると述べた。加えて強調されたのは、米軍の構造的暴力による支配と、土着の家父長制が組み合わさることで、むしろ「白人男性」性が再構築され、その再構築によって女性性がどのように操作されたのかという点であった。
セミナー参加者からは、婦人会や婦人連合と軍が結びつく基盤は沖縄の明治政府による侵略からすでに構築されていたという指摘があった。加えて、土井氏が強調していた沖縄の男性性の構築に関して、対米兵の性産業従事者や、いわゆる〈アメジョ〉とよばれる米兵と交際関係を持つ女性へのバッシングが、彼らの沖縄男性性を強化しうる可能性についての意見も出た。さらに、佐喜眞氏が前提条件として掲げていたドメスティシティ概念を用いた分析手法の再検討や、安全保障における「ホーム」理論の再解釈が必要であるという指摘も見受けられた。ドメスティシティ概念は、国際関係論的な視点でforeignとdomesticの関係を保つための安全保障論からなる考えであり、佐喜間氏の島マスが創り上げてきたホーム概念とこの枠組みが比較対象として合致するのか、再検討の余地がある。所定時間内を超えても議論は白熱し、沖縄フェミニズムにおける島マスの位置づけの再検討、および沖縄の男性性から裏付けられた沖縄女性の分断という新しい視点と可能性を残し、本セミナーは幕を閉じた。
記録担当:田中青葉(お茶の水女子大学大学院ジェンダー社会科学専攻博士前期課程)
《イベント詳細》
IGSセミナー「「戦後」沖縄フェミニズムにおける「ホーム」概念の変容とその可能性」
【日時】2023年11月21日(火)16:00~17:30
【会場】ハイブリッド開催(人間文化創成科学研究科棟408室、 Zoomウェビナー)
【司会】嶽本新奈(IGS特任講師)
【報告者】佐喜眞彩(立教大学ほか非常勤講師)
【ディスカッサント】土井智義(明治学院大学国際平和研究所 助手)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】日本語
【参加者数】47名