2024.1.25 IGSセミナー「リプロダクティブ・ジャスティス(性・生殖・再生産をめぐる社会正義)の日本における政策課題と女性運動:堕胎罪・優生保護法を中心に」
本セミナーでは、「SOSHIREN女(わたし)のからだから」の大橋由香子氏をスピーカーに迎え、リプロダクティブ・ジャスティス(性・生殖・再生産をめぐる社会正義)の日本における政策課題と女性運動について、講演が行われた。リプロダクティブ・ジャスティスをテーマとした当研究所の催しは、アメリカの状況に焦点を当てた昨年度開催のIGS国際シンポジウム「リプロダクティブ・ジャスティス:妊娠・中絶・再生産をめぐる社会正義を切り開く」に続いて2回目である。
大橋氏からは「リプロダクティブ・ジャスティス(性・生殖・再生産をめぐる社会正義)の日本における政策課題と女性運動:堕胎罪・優生保護法を中心に」と題した報告がなされた。まず、大橋氏自身の運動の軌跡が、性と生殖、再生産に関わる政策展開とともに紹介された。国連の動きなど国際的潮流と照らし合わせながら、日本の主な政策、優生保護法とその改悪をめぐる攻防、母体保護法の制定の流れが確認された。次に、リプロダクティブ・ライツとリプロダクティブ・ヘルスの概念が出てきた1980年代時点では、いわゆる第三世界の女性や先進国におけるマイノリティ女性が直面していた強制不妊、危険な避妊の強要への抗議もそれらの概念に含まれていたが、徐々にそれが周縁に追いやられ、先進国マジョリティ女性の産まない権利が前面に押し出されていったことが大橋氏によって指摘された。そして、日本の人口政策の歴史と現状における、リプロダクティブな権利の視点に欠けた「魔のトライアングル」として、①堕胎罪、②優生保護法(母体保護法)、③母子手帳(母子保健法)について言及した。堕胎罪は1880年の旧刑法で定められ現在まで続いていること、優生保護法は人口の「質」の低下を防ぐという戦略であったこと、母子手帳は国による母親と子どもの管理であることが、それぞれ解説された。また優生保護法が母体保護法に改正された際に置き去りにされた問題点として、堕胎罪では中絶を禁止する一方、優生保護法で「やって良い中絶」を医師が規定するというセットの構造に手をつけなかったことが指摘された。その後、強制不妊訴訟について、写真や新聞記事、原告の言葉などが紹介されながら、詳しく紹介がなされた。また「少子化対策」の名の下で実施されてきている婚活・妊活などが国による性と生殖、再生産への介入だとして言及された。
続いて、日本におけるリプロダクティブ・ジャスティスの実現に向けて、障害や病気、貧困、少数民族、移民、セクシュアル・マイノリティの人びとが突き付けられている「妊娠出産は無理」という決めつけを取り払い、誰もが生きることができるための支援の仕組みが必要だという提言がなされた。そして、誰が生きるに値するのか、また値しないのか、家族を作って良いのか、作ってはいけないのかについて、国や第三者がコントロールするのではなく、自分の人生は自分で決める、選ぶことの重要性が確認された。最後に、中絶の非犯罪化、堕胎罪と母体保護法の「配偶者同意」の廃止、安全な避妊・中絶方法の選択、中絶手術の減額などが具体的な課題として指摘された。続いて、新山氏と林氏よりコメントが行われた。新山氏からは①日本における性と生殖、再生産連の議論の欠如②母体保護法第14条人工妊娠中絶の配偶者同意要件③性と生殖、再生産に関する言葉の問題、の三つの論点が提示された。特に同氏の専門である②配偶者同意要件について、配偶者である男性の同意の有無によって「生命を尊重される胎児/されない胎児」と「罰せられる女性/罰せられない女性」が決まること、医師による中絶の抑制も生じうること、中絶するかしないかを女性が自分で決められない現状があるという指摘があった。林氏のコメントでは、優生思想の対象は障害者だけではなく、差別の階層構造に貼りついているのではないかという指摘が、アイヌ女性の妊娠時の中絶強要という事例の紹介とともになされた。また中絶へのアクセスの地域格差についても確認された。さらに女性の非正規労働の多さと賃金格差も、リプロダクティブ・ジャスティスの問題として論じていく必要性が示された。
大橋氏の講演はあらゆる内容が示唆に富むものであったが、少子化対策を性と生殖、再生産の政策課題として取り上げ、批判的検討を行ったことは、大きな意味があると考えられる。今後、リプロダクティブ・ジャスティスの日本的展開を論じる際には、この点についても落とすことなく議論を続けられたら望ましいだろう。
記録担当:大室恵美(お茶の水女子大学大学院ジェンダー学際研究専攻博士後期課程)
《イベント詳細》
IGSセミナー「リプロダクティブ・ジャスティス(性・生殖・再生産をめぐる社会正義)の日本における政策課題と女性運動:堕胎罪・優生保護法を中心に」
【日時】2024年1月25日(木)15:00~16:30
【会場】人間文化創成科学研究科棟604室
【スピーカー】大橋由香子(SOSHIREN女(わたし)のからだから)
【司会】高橋麻美 (お茶の水女子大学大学院ジェンダー学際研究専攻博士後期課程)
【コメンテーター】
新山惟乃(お茶の水女子大学大学院ジェンダー学際研究専攻博士後期課程)
林美子(お茶の水女子大学大学院ジェンダー学際研究専攻博士後期課程)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】日本語(同時通訳なし)
【参加者数】28名