IGSセミナー報告「リベラルな国際秩序とアメリカ」
(東アジアにおけるジェンダーと政治研究プロジェクト④)
2017年7⽉24⽇、IGSセミナー「リベラルな国際秩序とアメリカ」が開催された。『戦争違法化運動の時代』(名古屋⼤学出版会、2014年)の著者である三牧聖⼦⽒(⾼崎経済⼤学)をお招きして報告してもらい、その後のラウンドテーブル「リベラルな国際秩序の可能性」では、板井広明(IGS特任講師)が司会をつとめ、報告者の三牧⽒、五野井郁夫⽒(⾼千穂⼤学)、申琪榮⽒(IGS准教授)、中⼭智⾹⼦⽒(東京外国語⼤学)、前⽥幸男⽒(創価⼤学)で、議論を⾏なった。
まず三牧⽒から、セミナータイトルと同じ「リベラルな国際秩序とアメリカ」と題した報告が、主に4つの論点から⾏なわれた。第1は「リベラルな国際秩序の盟主を降りるアメリカ?」として、従来のアメリカ外交とは異なるかじ取りをしつつあるトランプの台頭を促した「諸⼒」について、トランプ⽀持層としての「忘れられた⼈々」(政治や社会のサポートを必要としている弱者と、その弱者を⽀える「負担」に不満を募らせる勤勉な中間層)やアメリカ⼈⺠の希望としてのトランプという視座から「アメリカ第⼀主義」の外交政策の現状分析が⾏なわれた。
第2に「ポスト・アメリカ時代の世界秩序:リベラルな国際秩序に未来はあるか?」として、(1)不安定な「Gゼロ時代」(イアン・ブレマー)、(2)ポスト覇権「(多極multipolar世界ではなく)多重(multiplex)世界」(アミタフ・アチャリア)、(3)第⼆次世界⼤戦後70年を特徴付けてきたリベラルな国際秩序の存続の模索という視点から、戦後のリベラルな国際主義の内実を批判的に問いなおすことが重要だと指摘された。
第3は「そもそもアメリカはリベラルな国際秩序の盟主であったのか?:批判的考察」として、従来のアメリカ外交におけるダブルスタンダードとしての「⼈権外交」、すなわち国内における⿊⼈への差別の存在や、戦略的価値が⾼い地域などへの⼈権外交の緩和など、問題を抱え続けてきたことが挙げられた。
第4は「『ポスト・アメリカ』時代のアメリカの新たなアイデンティティ:オバマ外交を再考する」として、⼀⽅でのトランプ外交との連続性(「世界の警察」の拒絶やドローンの多⽤による「汚い戦争」)、他⽅でのトランプ外交との断絶(アメリカ例外主義の克服と、多⽂明との共存姿勢)という2類型を挙げた上で、「『世界のアメリカ化』から『アメリカの世界化』へ:オバマの挑戦と挫折」という点で、オバマ外交がもつ国際主義的な模索への批判的評価がなされた。
ラウンドテーブルでは、前⽥⽒が⼝⽕を切り、「リベラルな国際秩序の再興に必要なこと」として、⺠主主義や資本主義との関連を指摘しつつ、オバマの評価については、⾮戦の選択肢がないことを指摘して問題視した。また⽶国内の宗教の状況(とりわけ福⾳主義の問題)や、公⺠権運動の指導者など、エリートに留まらずより広範な⼈々を視野に収めるべきこと、グローバルな⺠主主義論の観点を考慮することなどが指摘された。
五野井⽒は、20世紀のアメリカにおけるデモクラシーの観点から、アメリカのプラグマティズムの特徴として、思想ではなく⾏為が先にあり(とにかくやってみる/⼀歩進めよう)、「〜系市⺠」としてあるような多種多様な⼈々を歓迎したと述べた。その⾏為を通して何かが⽣まれてくることに期待するという側⾯こそが、当時のアメリカ社会の特徴ではないかと指摘した。その上で、被抑圧者としての⿊⼈であることと国⺠としてのアメリカ⼈であることが⼆律背反であったアメリカ社会で、それらを乗り越えて、多様な⼈々をそのまま受け⼊れるような公⺠権運動やオバマ⼤統領誕⽣のインパクトは⼤きいのではないかという。
中⼭⽒からは、トランプを⽀持する勤勉な中間層は、オバマ時代において、どのような政治的姿勢をとっていたのか、オバマ的なものへの期待がどういうものであったかという質問が出された。そして、20世紀に⼊って、平和が現代的な意味で問題化された時というのは、リベラリズムが⾏き詰まった時であり、その際に平和を焦点化したのがエリートであったとするなら、ファシズムなどに席巻され、凋落したリベラリズムに⺠衆が不在であったのは、この故ではないかという指摘があった。
申⽒からは、リベラルな秩序そのものは平和主義や⾮暴⼒主義を意味しないのであり、その点で、不安定なGゼロ時代、ポスト覇権―多重世界、リベラルな国際秩序の存続の3点についで、なにゆえ平和主義が⽋落しているのかという質問が出された。ジェンダー視点としては、リベラルな国際秩序において安全保障が国際的なイシューを独占し、かつ男性視点からの問いの⽴て⽅が⼀般化された結果、⾮暴⼒主義や平和主義が貶められたのではないかと疑問が出された。
安全保障のジェンダー化は、いわば国防など軍事にまつわる武器調達や外交関係などが、⽇常的な安全を脅かし、そのことへの異議申し⽴てに結実するのではないかという。たとえば⽇⽶開戦決議で賛成388に対して唯⼀反対したジャネット・ランキンのように、戦争は嫌だという平和主義者が外交政策に関わったり、また⽇本国憲法第24条の家族⽣活における個⼈の尊厳と両性の平等に関する草案を書いたベアテ・シロタ・ゴードンなど、⼥性たちの関与による平和主義の実現という事柄が指摘され、多様な⽴場の⼈々が意思決定に参加することは、男性視点で進められてきた安全保障論を望ましい形に変容させるのではないかと指摘があった。
コメントの後は、以上出てきたさまざまな問題に対して三牧⽒によるリプライや補⾜などが⾏なわれ、リベラルな国際秩序なるものが今後の世界において理念として維持されるものなのかといったことをめぐって、さらには⽇本の側から国際秩序に対して発信すべきことは何なのかといったことまで、活発な議論が⾏なわれた。
記録担当:板井広明(IGS特任講師)
《参考書籍》 |
『戦争違法化運動の時代:「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』 名古屋大学出版会 2014年刊 |
《イベント詳細》 【⽇時】2017年7⽉24⽇(⽉)18:00〜20:30 |