IGS国際シンポジウム(特別招聘教授プロジェクト)
議員になれるのは誰なのか?:フランスの政治と議会史からみる立法府のジェンダー化
2019年1月21日(月)、お茶の水女子大学にて、国際シンポジウム「議員になれるのは誰なのか?:フランスの政治と議会史からみる立法府のジェンダー化」が開催された。本シンポジウムは、デルフィーヌ・ガルディ特別招聘教授の企画によるものである。基調報告には、スイス・ローザンヌ大学のエレオノール・レピナール准教授に加えて、ガルディ氏も登壇。コメンテーターには、三浦まり上智大学教授と村上彩佳日本学術振興会特別研究員(PD)を迎え、司会はジェンダー研究所の申琪榮准教授が務めた。議会政治への女性の参加について、フランスの事例を中心に議論が交わされた。
18世紀末の革命後から発展を続けるフランスの共和政は、普遍的な個人の人権と平等を基本としているにもかかわらず、20世紀半ばに女性の普通選挙権を認めるまでに150年を要した。ガルディ氏の研究報告は、その歴史的経緯と、女性の排除を可能にさせている「普遍性」の原理の矛盾、排除の構造がドレスコードや建物の構造、ジェンダーによる役割分担など、可視化された区分で永らえてきたことを分析している。
普遍的な個人という抽象概念は、ジェンダーによる差別をしない平等性の高い理念ではある。しかし、そこですでに平等が規定されていることを前提に、実態として存在する具体的な男女差別の是正が否定されるというパラドックスを内包している。平等であるはずなのに、政治の場に参加するという権利は、共和政初期から男性だけに限られた権利であり、女性は、長らく、議場への立ち入りが許されていなかった。一般傍聴席への入場は可能だったが、女性が就くことのできた国会での仕事は、洗濯や裁縫の職であった。初の女性議員の誕生は1945年。本会議場での速記係への就職が認められるようになったのは1972年。議場内で儀式の進行を補佐する廷吏の役を女性が務められるようになったのは1990年代初頭のことである。儀式や規則、慣例などの非公式なルールなどにより、排除の構造が文化として維持されてきたのである。国会におけるドレスコードはその一例である。2012年、地域間平等・住宅大臣のセシル・デュフロ氏は、議会で答弁に立った際に花柄のワンピースを着ていたことで非難された。歴史を遡ると、1897年に、スーツの上に労働者が着る青い上着を着用した労働者階級出身の議員が議場から退去させられたという事例もある。いずれも、スーツを着る男性を「正統」とし、そこから外れる行為や「身体」を除外しようとする議会文化の表れと言える。
レピナール氏の報告の主題は、ジェンダー・クオータ制度である。ヨーロッパ13カ国を比較して、ジェンダー平等実現におけるクオータ制の可能性を検証し、また、フランスにおいて、クオータ推進に活用されたパリテ(均等)という概念について、批判的な分析がなされた。
ジェンダー・クオータ制が機能するか否かは、その国の社会政治的背景により異なっており、4つの分類が示された。北欧諸国では、ジェンダー・クオータ制度の発達以前から社会的平等という価値観が高く、女性の社会進出や政治参画も進んでいたことから、クオータ制はあくまでも「補助的」施策である。フランス、ベルギー、スロベニア、スペインでは、同様に女性の社会進出が進んでいるといえるが、政治面での存在感は薄い。クオータ制は、ジェンダー規範を改めるための「変革的」戦略として、トップダウンで政策導入され、政治以外の領域へも拡大している。保守的な傾向があるイタリア、ギリシャ、ポルトガル、ポーランドでは、クオータを「象徴的」に導入してはいるものの、その推進に本腰を入れてはいない。同じく保守傾向が強く男性稼ぎ手モデル社会のドイツとオーストリアは、政治面のクオータ導入は政党に任せているが、行政機関へはトップダウン式で実施をしている。着実な進捗はあるものの急進的な変化は目指さず、クオータを「矯正的」なツールとして利用している。こうした違いをもたらす原因には、国の機関にいる男性エリートによる抵抗がどの程度であるかや、その国の女性運動の強弱がある。
「パリテ」は、議会の議員の男女比率を均等にすることを定める制度である。これによって、フランスは、憲法などで形式的に定められていた男女の平等を、「均等に存在する」という形に可視化して実現することに成功したといえる。前述したように、フランスの普遍主義は、ジェンダー・クオータ導入への反対の論拠となった。パリテの概念は、その普遍の定義に、「男女が均等に存在することは普遍」であると加えて、クオータを正当化させるものであった。大統領直下に設置された女性政策機関による、トップダウンの推進施策は効果を発揮し、クオータは、政治代表性に限らず、民間企業や大学、労働組合や産業組合などの意思決定機関に至る広がりをみせている。その一方で、平等が数の問題に限定されてしまった面があることも否定できない。また、男女の均等に集中した議論が行われたため、階級や人種による社会排除の課題は置き去りにされてしまった。そして、パリテの唱導者たちが目指したジェンダー規範の変革が、本当に実現したのかどうかが明らかになるのは、まだ先のことである。
三浦まり氏のコメントでは、まず、「政治分野における男女共同参画推進法」が制定されて間もない日本の状況についての説明がなされた。現時点での日本の国会の女性議員比率は10%であり、これは、パリテ導入直前のフランスの値とほぼ同じである。フランスにおける20年間の歩みは、日本はこれから何をしなくてはいけないかを示唆してくれている。レピナール氏が示した4つの分類を応用すると、日本における同法の制定は「象徴的」なものに近く、その成立を可能にした要因のひとつは、強制力を持たせなかったことにある。これにいかに実効力を持たせて行くかは、大きな課題である。三浦氏自身、パリテの概念に刺激を受け、これを民主主義の原則として位置付けることを提唱しているという。社会は男女半々なのだから、意思決定をする機関も男女半々で構成されるべき、という論理に納得する人は多い。しかし、それが当たり前のこととして社会に浸透するまでには、まだ多くの努力が必要であろう。
議会が女性の「身体」を排除する例は、日本でもみられている。2017年の熊本議会で、乳児を連れて本議会に出席しようとした議員が排除された件は記憶に新しい。また、現在の国会には保育園もあるが、昔は女性トイレが整備されていなかった。日本の国会のドレスコードはジャケットと議員バッジの着用であるが、これは比較的ジェンダー中立な規範であるといえる。
これに続く村上彩佳氏のコメントでは、フランス共和国の理念を象徴する女性像「マリアンヌ」の存在についての疑問が提示された。フランスのどの議会にも、このマリアンヌの像が据えられているが、女性を排除する構造を持ちながら、女性の像を象徴として抱くということに「トラブル」はなかったのであろうかとの指摘である。また、パリテが、新たなジェンダー分業を生み出している可能性も示唆された。フランス県議会選挙では、男女のペアを1組の候補として当落が争われる。その選挙運動での主張をみると、女性候補はケアについて、男性候補は経済についての政策をアピールするといった役割分担がされているようである。男女の補完性のイメージが強調されるようなこの状況についての疑義が示された。
終了時間を延長して質疑応答が進められ、充実した議論が持たれた。また、平日夕刻の開催にもかかわらず、学外からの参加者も多く、女性の政治参画という課題への関心の高さが伺われた。
記録担当:吉原公美(IGS特任リサーチフェロー)
《開催詳細》
【日時】2019年1月21日(金)18:15〜20:20
【会場】人間文化創成科学研究科棟604室
【コーディネーター】デルフィーヌ・ガルディ(IGS特別招聘教授/ジュネーブ大学教授)
【司会】申琪榮(IGS准教授)
【研究報告】デルフィーヌ・ガルディ(IGS特別招聘教授/ジュネーブ大学教授)、エレオノール・レピナール(ローザンヌ大学准教授)
【コメント】三浦まり(上智大学教授)、村上彩佳(日本学術振興会特別研究員PD/上智大学)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】日本語・英語(同時通訳)
【参加者数】49名