IGSセミナー(生殖領域シリーズ)第3回「出生前検査をめぐる倫理」
お茶の水女子大学ジェンダー研究所では、2015年にモナシュ大学(オーストラリア)のキャサリン・ミルズ氏を迎え英語セミナーを開催したが、今年度もミルズ氏が再来日し、前年に引き続き2016年11月10日に『出生前検査をめぐる倫理』“The Ethics of Prenatal Testing”をテーマにした英語セミナーを開催した。本英語セミナーでは、ミルズ氏のほかに、東京大学の武藤香織氏も招き、日本の出生前検査について報告していただき、この二人の報告に対して、お茶の水女子大学の石田安実氏がコメントを述べた。
今回のセミナーでは、胎児の障害とジェンダーの関係性も含め、出生前検査と障害胎児の中絶にかかわる問題を倫理的視点からとりあげた。ミルズ氏が取り上げた事例は、定期妊婦検診で胎児の腕に障害があることがわかり、胎児が女の子であるために、美容面でのハンディを懸念して、親が胎児中絶を選択したケースである。そして武藤氏は、日本のこれまでの出生前検査と中絶をめぐる動きを紹介し、武藤氏らが実施したNIPTを希望するクライアントにカウンセリングを行う遺伝カウンセラーを対象とした調査結果についても報告した。NIPTは2013年に日本でも導入され、導入された当初は、安易な中絶につながるのではないかという懸念や、女性たちが検査のためにクリニックに押し寄せるのではないかなどといった予想もあったが、カウンセラーらによれば、NIPTの情報を提供しても、実際には、検査をうけない選択をする女性のほうが圧倒的に多いことがわかった。
石田氏は哲学者の立場から、二つの報告について倫理的視点からコメントを述べた。ぞれぞれの報告につき、非常に詳細なコメントを述べたが、ミルズ氏の報告に対しては、腕が欠損している障害を持つ胎児が女児であるために、生きる上では大きな障害ではないにも関わらず中絶された例について、選択の構造(choice architecture)や障害の重症度の感じ方(perception of severity)、正常性(Normality)や健康と疾病(health and disease)が社会やある状況によって受け取られ方が異なること、特異であること(being anomalous)が異常(abnormal)とかならずしも一致しない点をあげた。そしてこの事例について、障害ベースでの中絶なのか、性別をベースとした中絶と判断するのか、それが非常に難しい点だと述べた。武藤氏の報告に対しては、マス・スクリーニングの問題を取り上げ、武藤氏がとりあげた「青い芝の会」や「不幸な子ども」(unhappy child)についても言及し、障害を持つ者に対する配慮のある社会の必要性について述べた。
当日の出席者は全員で12名と小規模なセミナーであったが、興味深い質問もあり、実りの多いセミナーであったと思われる。女性の社会進出が奨励され、高等教育や職場においても、男性と肩を並べ活躍する女性が増えて来た。それに伴って、女性がキャリアを築くまで妊娠・出産を先延ばしにするケースも少なくなく、高齢になっての妊娠のために、出生前検査を求める人も増えている。しかし、障害のある子は産まないほうがいいのか、そもそも障害とは何なのか、出生前検査は私たちに多くの倫理的な問題を投げかけている。
記録担当:仙波由加里(特任RF)
【日時】2016年11月10日(水)18:30~20:30
【会場】お茶の水女子大学人間文化創成科学研究棟4F 408教室
【報告】
キャサリン・ミルズ(モナシュ大学)“Gender, Disability, and Bodily Norms”
武藤香織(東京大学)“Ethics and Governance of Non-invasive Prenatal Testing in Japan”
【コメント】石井安実(お茶の水女子大学)
【質疑応答・ファシリテータ】仙波由加里(お茶の水女子大学ジェンダー研究所 特任RF)
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【参加人数】12名