IGSセミナー報告「近代日本の女性の移動と再生産:「からゆきさん」の生涯をめぐって」
2019年2月21日(木)、日本学術振興会特別研究員(明治学院大学)の嶽本新奈氏を招いて、IGSセミナー「近代日本の⼥性の移動と再生産:「からゆきさん」の生涯をめぐって」を開催した。
「からゆきさん」は一般に、明治以降に「外国(唐=中国、転じて海外)で売春に従事していた⼥性」を意味する。従来「からゆきさん」については、主に売春に従事していた(させられていた)という部分にのみ関心が寄せられてきた。しかしそうした観点は、ともすれば「からゆきさん」の生涯を売春に従事していたという出来事や時期のみに収斂させてしまい、その時代においてさまざまな社会関係を生きてきた⼥性たちの主体的実践を見落とす危険性をはらんでいる。
今回のセミナーでは、性売買の経験が⼥性の人生に具体的に何をもたらしたのかを明らかにする試みとして、1960〜70年代に「からゆきさん」についての著作を残した森崎和江のテクストを手がかりに、複数の⼥性たちの具体的な記述から「からゆきさん」にとっての「⼦をもつこと」をはじめとした「再生産」の意味について報告された。
「からゆきさん」の各々の生涯からは、その生業ゆえの不妊の問題や「養⼦縁組」という血縁に限らない⼦どもとの関係性、⼦を持つ経験が自らのケア、介護・看取り・死を悼むことをめぐるイシューに繋がっていたことがみてとれるという。孤⽴状態に追い込まれる「からゆきさん」もいた一方で、⽗・⺟・こどもという血縁関係のみではとらえきれない、多様な「家族」という関係性をも垣間見ることができた。
討論者の大橋史恵氏は、「からゆきさん」の生に相通じる、香港における中国系住み込み家事使用人の生について触れた。両者とも老いに直面し自らのケアをどのように確保するのか、その不確実さに直面しつつも、今日のグローバル経済において、自らのケアを期待するが故に家族に送⾦するという移住⼥性たちの有り様についても考察がなされた。
フロアからは、「からゆきさん」研究の現代的意味や、森崎和江のテクストが書かれた当時の生殖をめぐる規範の影響、また「からゆきさん」と呼ばれた⼥性間ではぐくまれたネットワークの有無についてなど質問や意見が出され、報告者・討論者との活発な議論が展開された。
記録担当:大野聖良(IGS特任リサーチフェロー)
《イベント詳細》 【日時】2019年2月21日(木)15:00〜16:30 |