IGSセミナー報告「インドネシアにおけるジェンダーと政治:2019年総選挙分析」
2020年1月30日、インドネシア大学からアニ・W・スチップト氏をお迎えして、「インドネシアにおけるジェンダーと政治:2019年総選挙分析」というテーマでセミナーが行われた。お茶の水⼥子大学グローバルリーダーシップ研究所の大木直子がコメンテーターとして参加し、司会はジェンダー研究所の平野恵子が務めた。
アニ・W・スチップト氏の報告は、2019年の総選挙後のインドネシアにおけるジェンダーと政治の変遷を分析したものである。報告では、スハルト政権後、改⾰時代以降のインドネシアにおいて各政党による選挙候補者名簿の3割以上を⼥性にするクォータ制というアファーマティブ・アクションの重要性が強調された。直近の2019年の選挙においては、過去の選挙と比較して⼥性候補者の立候補数がより減少しているにもかかわらず、父や夫が政治家である世襲議員ビジネス業界出⾝、有名人などのエリート層や富裕層など似たような階層出⾝の立候補者が一定数見られた事実は興味深い。スチップト氏は、インドネシアにおけるアファーマティブ・アクション政策の評価は依然として⼥性候補者の人数によって査定され、インドネシアの⼥性代表としての適性とは無関係であると指摘した。
とはいえ、インドネシアの選挙における⼥性候補者の人数は概して増加傾向にあり、得票数も同時に増加している。ただし、⼥性候補者の得票率(24.01%)と実際の議席配分(20.52%)の差は依然として課題である。高い得票率は国⺠による⼥性候補者支持の意思を示しているものの、議席配分との差にはインドネシア選挙における議会の最低得票率(4%)[注]と、政党名簿投票制度の一つであるサン=ラゲ方式が一部要因として影響している。
インドネシアの選挙におけるアファーマティブ・アクションがもたらすパラドックスに関し、スチップト氏は次のように分析する。まずクォータ制は、⼥性が経験する従属関係を変えることによりインドネシアの⼥性のエンパワー化を図るものである。⼥性候補者を3割にするという強制的かつ積極的是正措置は、1998年改⾰時代以前の男性と⼥性間の国会議員のギャップを埋めるために導入された。
しかし現在では人々は⼥性候補者の人数のみ、すなわち3割の目標が達成されるか否かのみに注目している。⼥性国会議員がインドネシアの政治情勢をどのように変えるのか、また⼥性特有のニーズに基づくアジェンダの立法化に彼⼥たちがいかに関わるのか、といった点については焦点が当てられていないと分析する。
結果、選出された⼥性議員数は残念ながら⼥性に関する法律の質とは何の関連もなく、選出議員は⼥性特有の課題よりも所属政党の政治的利益やアジェンダを優先する傾向が見られる。「ジェンダー平等・公正」法案、「性暴力撤廃」法案、「家事労働者保護」法案といった⼥性特有のニーズに基づく法律が下院で可決されていない事実は、こうした⼥性議員数とジェンダー関連課題の立法化に明確な関連がないことを示す。
最後にスチップト氏は、⼥性に影響を与える重要な問題にジェンダーの視点を入れる必要性、そしてその分析の強化、⼥性ネットワークの発展、インターセクショナリティ・アプローチの導入が、インドネシアが⻑らく撲滅に取り組んでいる汚職や世襲政治、男⼥平等と⼥性のエンパワーメントへの理解の欠如といった、インドネシア⼥性が政治分野で直面する課題に対処するための鍵であると強調した。
ディスカッサントである大木氏は、政党の理事会メンバーとしての⼥性の役割と、政党による⼥性候補者向けの教育プログラムについて質問した。前者の質問に対しスチップト氏は、中央、地方レベル双方で、理事会メンバーの3割を⼥性に当てることが法律上規定されていると説明した。この規定は、インドネシアにおける政党設立の要件であり、⼥性が選挙で立候補する機会を与えるものでもある。しかし、実際には政党は⼥性を秘書のような職位や⼥性局局⻑といった⼥性専用とみなれる役職に就ける傾向があり、選挙委員会委員⻑や、候補者の選出あるいは立候補プロセスの責任者など、影響力ある地位に就ける政党は非常に稀であり、いまだ課題は残されている。こうした傾向により⼥性は政党内で無力化されてしまうのである。
大木氏の二つ目の質問である政党内の教育プログラムに関しては、議会に議席を獲得する政党には、⼥性も対象となる政党内の教育プログラムにつき、国家予算から配分があることが明らかとなった。こうした教育プログラムは男性⼥性関係なく実施されるものの、問題は本プログラムの内容が、イデオロギー、スピーチ法、および党の規定といった内容に限定されていることである。残念ながら、ジェンダーイシューやジェンダー主流化に焦点を当てたプログラムは未だ導入されてないと指摘した。また、ジェンダーの問題に関する知識を有する⼥性のメンバーは、そもそも活動家出⾝であったり、⼥性エンパワーメント・子ども保護省、または UNDP、IRI などのほかの機関からのプログラムを受けた者であることが少なくないと指摘した。
また、2019年総選挙における⼥性の動員に関するフロアからの質問に対し、スチップト氏は今回の総選挙はインドネシアの⼥性運動にとって味わったことがない苦い経験であると述べた。政党とエリートのアジェンダによって、⼥性の運動が双方とも⼥性、⺟をあらわす「エマック・エマック(emak-emak)」(保守派による運動)と「イブ・バンサ(ibu bangsa)」(フェミニスト運動)に分断させられたからである。どちらも異なるアジェンダを主張しており、前述のグループは家族的価値観の重視と⼥性の経済的エンパワーメントを擁護する一方で、後述のグループはジェンダー公正と⼥性権利の促進を主張する。双方とも、⼥性のエンパワーメントについて主張するものの、議席数や⼥性の政治的地位を超える大きな課題が未だに残っている事実を忘れているようであると指摘した。両者ともに自分たちが政党エリートによって動員または利用されていることに気付かなかったと指摘した。
さらに、フロアから日本における⼥性の代表の状況と課題を克服する方法に関する質問もなされた。それに対してスチップト氏は、同様な問題は日本やインドネシアのみならず、世界中どこにでもありうるものであると指摘し、まずは⼥性の代表を増やすという数字から始めることで、最終的に状況が変わると強調した。本質問に対しては大木氏も、一部の⼥性議員は自分たちを単に⼥性カテゴリーで選出された「特別」な議員と見なされるクォータ制を望んでいないと付け加えた。このほかの参加者からも多くの質問が寄せられ、予定時間を越えて活発な議論となった。
[注(記録者平野)]インドネシアの総選挙では、議席獲得のための最低得票率が定められている。1999年の⺠主化総選挙以降、多党化の傾向が続いており、政党数を削減することによって議会運営の安定化を図る目的で定められた。インドネシアの総選挙は5年ごとに開催されるが、前回2014年総選挙では3.5%、今回2019年の総選挙では4%に引き上げられた(参考:中東・イスラーム諸国の政治変動「インドネシア/選挙」 )。
記録担当:Waode Hanifah Instiqomah(一橋大学院博士後期課程)
平野恵子(IGS特任リサーチフェロー)
《イベント詳細》 【日時】2020年1月30日(木)18:00〜20:00 |