IGS通信

セミナー「ヴァージニア・ウルフのフェミニズム:現代日本との呼応」

IGSセミナー「ヴァージニア・ウルフのフェミニズム:現代日本との呼応

2020年10月12日(月)、ヴァージニア・ウルフ(1882-1941)『自分ひとりの部屋』『三ギニー』『幕間』などの訳者である片山亜紀氏(獨協大学)に「ヴァージニア・ウルフのフェミニズム:現代日本との呼応」と題してお話いただいた。

まずフェミニズムが思想・運動・ライフスタイルの3点から整理された。①思想としては、女性抑圧についての現状分析、あるいは女性抑圧の是正に向けた提案やアイディア・理念・理論であり、②運動としては、個人または複数の人が女性抑圧の是正に向け社会に働きかけたり、思想を公表したりするものであり、③ライフスタイルとしては、既存の女性規範にとらわれない生き方や実験的試みとして捉え、ウルフのフェミニズムがそれぞれの観点から論じられた。

ウルフは、戦後世代にとっては過去の感性をもった存在として見なされたが、新たなフェミニスト的アプローチを考える上で、重要な源泉となっていると気づかれるようになったという。その意味で、ウルフのイメージは現在においても刷新され続けており、一方で、「小説家ウルフ」と「フェミニストウルフ」は同じなのかとか、「『自分ひとりの部屋』のウルフ」と「『三ギニー』のウルフ」は同じなのかといった問いが発せられてきた。

フェミニストとしてのウルフは、第1に姉ヴァネッサとともに人生を切り開く過程、第2に男性がヘゲモニーを握る文壇に物申す過程、第3に先行世代からフェミニズムを継承する過程、そして、第4に夫レナードとのパートナーシップの中で育まれたことが指摘された。

ウルフのフェミニズム思想の特徴を『自分ひとりの部屋』と『三ギニー』を中心に7つの観点からの再構成が行なわれた。第1に、創造性を発揮するため、また自由に考え発言するため、そして戦争阻止のために、自立に必要な収入という物質的基盤の重要性である。第2は、家事労働が男性の労働とは異なる別種の創造的側面があることの認識であり、国家は母親業に手当や賃金を保障することである。第3に、教育の現状は変わらねばならないということであり、女性に開かれた高等教育や領域横断的に組み合わされた学問が必要になっているということである。第4に、男たちの潜在意識にある独占欲や競争心、嫉妬心や虚栄心といったものが、相手を支配したいという植民地支配や戦争、マイノリティ排除をもたらしていることを認識することである。第5に、アイデンティティは、コールリッジが〈偉大な精神は両性具有である〉と指摘したように、多面的であり、流動的であると同時に、男性との間には越えられない壁・立場性があり、とりわけ中産階級の女性は無力な状態に置かれていることである。第6に、性による女性抑圧が行われてきた/行われているという事実であり、家父長による支配を社会が容認してきたことを忘れてはいけないということである。第7に、女どうしの関係性から新しいことが始まるという点である。

最後に現代日本との呼応という、セミナーの副題に即したまとめがなされた。なぜいまウルフが読まれるのかという点について、ウルフのフェミニズム思想の特徴の7点にわたって、その現代性が挙げられた。第1の物質的基盤の重要性という点では、格差社会や貧困、男女間賃金格差、コロナ禍でのプライベートスペースの欠如、第2の家事労働の評価という点では、家事ハラスメントやコロナ禍の家事労働(女性ダブルシフト)の問題、第3の教育改革では、大学改革や不登校問題、医学部受験における女性差別、第4の男たちの潜在意識については、戦争や構造的暴力、男たちのホモソーシャルな連帯、2020年30%目標の未達成、第5のアイデンティの流動性/立場については、アイデンティティ・ポリティクスへの反省、第6の性による女の抑圧については、#MeToo 運動やフラワーデモによる告発、コロナ禍のセクシュアル/リプライツ侵害、第7の女どうしの関係性については、LGBTQの人々の権利運動、パートナーシップ実現、足立区議によるヘイトスピーチが呼応しているとの指摘があった。

このようなウルフの現代的テーマとの呼応のほかにも、ウルフが「100年後には」と、現代のわれわれに語りかけるスタイルもあり、また怒りなどの熱い思いが伝わってくるという点も、現代にウルフが読まれる背景であること、またウルフを過ぎ去った過去の思想家とみるのではなく、フェミニズムの蓄積を継承するという読み方が広がっているとも大きい要因ではないかとまとめられた。

質疑応答では、ウルフ作品の翻訳やウルフの生き方について質疑があり、詩こそが真実で、政治は個人的なことという議論や、小説家でありフェミニストである人物は日本には少ないのではないかなど、興味深い応答があり、充実したセミナーとなった。

記録担当:板井広明
(IGS特任講師)

《イベント詳細》

【開催日時】2020年10月12日(月)18:00~20:00
【会場】オンライン(zoomウェビナー)開催
【講師】片山亜紀(KATAYAMA Aki)、獨協大学・教授
【司会】板井広明・お茶の水女子大学ジェンダー研究所特任講師
【言語】日本語
【参加者数】127名