国際シンポジウム(INTPART-IGSプロジェクト)
「平等国家ノルウェーの「サクセスストーリー」」
The Egalitarian Norway: Scrutinizing the ‘Success Story’
2020年11月30日(月)国際シンポジウム「平等国家ノルウェーの「サクセスストーリー」」がオンライン開催された。本シンポジウムは、IGSがノルウェー科学技術大学(NTNU)のジェンダー研究センターと共同実施しているINTPARTプロジェクトの一環である。開会挨拶では、ノルウェー大使館のニーハマル大使、本学の佐々木副学長より、プロジェクトについての説明や成果に対する期待が述べられた。
写真左から:仙波(司会)、ニーハマル大使、佐々木副学長
NTNUのプリシラ・リングローズ教授による基調講演のタイトルは「ノルウェーのジェンダー平等:進展とパラドクス」。国家フェミニズムを推進し、他国が目標とするようなジェンダー平等レベルを達成しているノルウェーにも、まだ解決に向けた取り組みを必要とする課題は少なからずあり、また、ジェンダー平等達成の過程で生じた新しい課題もある。
ノルウェーが理想とする家族形態は、夫婦の双方がフルタイムの仕事を持ちかつ同等に子育てに携わる、デュアル・ケアラー・デュアル・ワーカー・モデルである。女性の就労率は75%で(日本は70.9%)、女性の所得は男性の86%と所得格差は少ない(日本は74.3%)。父親の育児休暇取得率は70%(日本は7.48%)。家事に費やす時間は女性が1日3時間47分であるのに対し男性は2時間22分(日本は女性が3時間28分、男性44分)であることから、就労や家事の面でのジェンダー平等はかなりの達成度合いである。
そして、ノルウェー国内では、さらなるジェンダー平等が追及されている。男女の就労状況をよくみると、女性は公共部門、男性は民間部門というジェンダー化が存在する。また、職種についても、女性は教育、保健、行政分野に多く、男性は製造、建築、輸送分野に多い。同様の傾向は、大学の専攻選択の違いにもみられる。大学は、もともと男子学生が多い工学系のコースに女子学生を増やす努力をするなどし、一定の成果を上げてきている。しかし、それとは逆に、もともと女性が多い分野に男性が足を踏み入れる例は、あまり多くないのが実情である。
ノルウェーの共働き夫婦の家族モデルの背景には、女性移住家事労働者の存在による、伝統的かつ階級的な労働分業の再生産というパラドクスが存在する。近年、移民人口の一角をなす存在となっているのが、ノルウェーの家庭で働くクリーナーや、住み込みで子どもの世話や家事を手伝うオーペアである。この女性労働者たちが、昔ながらの女性の仕事を請け負ってくれるおかげで、ノルウェーが理想とする家族モデルが実現されているのだ。この新しい使用人階級が、新たなジェンダー化、階級化を生じさせているといえる。
19~20世紀にかけて、ノルウェーは、国内の少数民族に対して、強制的かつ差別的な同化政策、ノルウェー人化政策を実施した。21世紀に入り、政府はこの政策が民族グループおよび個人におよぼした影響を調査する委員会を立ち上げた。過去のノルウェー化政策を反省し和解を進める動きである。しかしその一方で、近年の移民マイノリティに対し、ノルウェー人が共有する価値観や社会規範に同化することを期待する風潮がある。いわば、新しいノルウェー人化要請である。ここには痛烈なパラドクスがあると、リングローズ氏は指摘する。ノルウェーの平等主義の前では、他の文化、特にイスラム教国など西洋以外の国の出身者の文化は劣っているとみなされるのだ。
リングローズ氏の基調講演を受けて、ディスカッサントの戸谷陽子 IGS所長/お茶の水女子大学教授からは、ノルウェーが実現した制度的・文化的な社会変化に焦点を当てたコメントが述べられた。
ノルウェーは、国家の意思決定への男女平等のアクセスを強調する国家フェミニズムを経て、今日の40%の女性議員割合を達成している。これに対して日本の衆議院の女性議員割合は9.9%。このような立法府における女性の代表性の低さが、例えば、選択的夫婦別姓の検討など、女性の不利益を解消するための制度策定の議論に、女性の声が十分反映されない原因となっている。また、数少ない女性議員の中には、男性優位の価値観を代表するような発言をする者も含まれているという難しさもある。さらには、制度だけでは社会変化を起こすには十分ではない。戸谷氏は、手厚い育児休業制度が存在するにも関わらず、日本における男性の育児休業取得が低い水準に留まっているのは、家事・育児は女性の仕事であるという認識がいまだに社会で広く共有されているという、文化的な課題に起因すると指摘した。
文化表象を研究する戸谷氏は、ノルウェーの劇作家イプセンが1879年に発表した『人形の家』を例に、ノルウェーのジェンダー規範の文化の変化を説明した。『人形の家』に描かれているのは、当時のノルウェーの家父長制的なジェンダー規範で、それは今日の平等に重点をおくジェンダー規範とは大きく異なっている。ここから、ノルウェーにおいて文化的な変化があったことは明らかである。そして、このような文化的変化は、どのようにしてもたらされたのか?という質問が投げかけられた。
続いて松田デレクお茶の水女子大学講師からは、「平等」と「公正」という概念の違いという視点からのコメントが述べられた。平等について考える際に重要なのは、結果の平等という公正の実現であろうという指摘である。そして、国際教育と移民研究に携わる立場から、日本における移民家庭のジェンダー状況と子どもたちの学校教育における課題を報告した。
学校現場でときおり聞かれるのは、どの子も平等に扱う、という平等の理念であるが、そこには結果の平等という公正の概念が欠けている。そのため、日本語指導など特別な支援が必要な、移民家庭の子どもたちへのサポートの充実に、学校側が消極的になることもある。また、支援が必要なのは、子どもたちだけではない。
在留外国人の出身国の文化に、夫が外で働き妻が家庭で家事・育児を担当するという伝統的な性別役割分業が根強く残っていると、日本に移住した後も、その形は維持される。しかし、妻は経済的な理由から働きに出ることも多く、家庭内外の仕事という二重の負担が強いられることになる。子どもたちの学校教育に関わるのも妻が中心となるが、日本の学校文化は自国のそれとは大きく異なっており、理解するのが難しい点も多い。生徒に渡されるプリントの内容を十分には理解できず、学校で必要な道具を持たせることができなかったり、行事への出席ができなかったりする。これが原因で、教師たちから、教育に関心がないとか、非協力的であるとみなされることにもなる。誰に助けを求めたら良いのかもわからず、子どもを頼りにすることになる。このような外国籍の母親や子どもが抱える困難の実態については、日本ではあまり知られておらず、研究もまだ進んでいない。
松田氏は、日本はノルウェーから学べることも多くあると思うが、重要なのは、日本の実情を踏まえた政策や方法を見いだすことであろうと述べた。ノルウェーの移民人口が18.2%であるのに対し、日本のそれは2.3%と決して多くはないが、そのマイノリティが直面している課題にも目を向け、解決に取り組むことが、日本が平等国家になる道筋であろう。ノルウェーにおける平等の概念はどういうものか?との質問で、コメントは締めくくられた。
写真左から:クリステンセン、ソレンセン、石井
質疑応答には、NTNUのグロ・コースニス・クリステンセン、シリ・エイスレボ・ソレンセンの両教授が加わり、戸谷氏と松田氏からの質問と参加者からの質問に、丁寧な応答がなされた。最後に、プロジェクトの日本側代表を務める石井クンツ昌子教授から、ノルウェーと日本のジェンダー平等状況は大きく異なるようにみえるが、改めて両者を比較し、双方が新たな発見をすることが、さらなるジェンダー平等の推進に寄与するであろうという、本シンポジウム企画の基礎となっているプロジェクトの意義が述べられ、シンポジウムは閉幕した。
記録担当:吉原公美
(IGS特任リサーチフェロー)
《イベント詳細》 【開催日時】2020年11月30日(月)17:00~18:30(日本時間) |