IGSセミナー「インドネシアで家事労働者を組織化すること」
本セミナーでは、インドネシアで家事労働者の組織化を推進するJala PRTナショナル・コーディネーター、リタ・アングライニ氏をお迎えして、「インドネシアで家事労働者を組織化すること」をテーマに講演いただいた。また、インドネシアにおけるジェンダーと政治研究の第一人者であるアニ・スチプト氏をお迎えし、インドネシアにおける家事労働者保護法案をめぐる政治状況につき分析いただいた。司会を担当したジェンダー研究所の平野は、ディスカッサントとして移住家事労働保護法案におけるJala PRTの役割について質問し、議論に加わった。
はじめに、平野が、Jala PRTの組織概要を説明した。Jala PRTの正式名称は家事労働者アドボカシー国内ネットワーク(Jaringan Nasional Advokasi Pekerja Rumah Tangga)である。当団体は、正式な労働者とはみなされていなかった家事労働者を、正当な賃金と待遇を得て然るべき労働者であるとして、待遇の改善を目指している。現在インドネシア国内の8つの地域にて家事労働者の組織化を推進し、ジャカルタ支部の組合員数は5185人に達するという。
次にアングライニ氏が、当団体が実施するRAP方式による組合員勧誘活動について報告した。同氏は、女性に対する不平等が、封建制や階級、人種バイアスと複雑に交錯した結果、家事労働者に対する差別や周辺化が生まれたと指摘し、家事労働者がディーセントではない労働環境や雇用契約に対抗する手段を持たないことを問題点として挙げた。そこで当団体では、ディーセントな労働環境獲得のため、家事労働者と雇用主による契約の書面化や最低賃金及びボーナスの適用、法律に準じた勤務時間と休暇取得を目標に、各主要都市の家事労働者らを組織化し、運動を展開している。この運動への参加者を増やすために勧誘活動で用いられるのがRAP方式である。
RAPでは、Jala PRTを紹介するパンフレット等に加え、社会保障実施機関による雇用保障パンフレットや家事労働者の保護に関する労働省規則について書かれたものをターゲットとなる家事労働者に配布し、公的な支援についての啓発活動も行っている。また勧誘の際には、ターゲットの出身地や労働期間のほか、労働状況や職場で抱えている問題やその解決方法などを、きめ細かくヒアリングしている。活動に参加することになったターゲットは、チーム10と呼ばれる各地域の委員会に参加する。チーム10では定期的なミーティングを通じて、メンバーと市、州レベルの上部組織との橋渡しをしている。また、チームメンバーの労働及び雇用状況を把握し、Jala PRTのパラリーガルやアドボカシーチームに繋ぎ、問題を抱えているメンバーのサポートもしている。ターゲットが活動に参加しない場合でも、メンバーはRAPを繰り返すことで、ターゲットの状況を常に把握し、活動への参加を促していると同氏は述べた。
アニ・スチプト氏は、家事労働者保護法案が17年もの間継続審議である理由と、法案成立までの政治的な課題を分析した。同氏は、家事労働者保護法案が政党や政治家にとって選挙の勝利に貢献できる戦略的法律ではないこと、法案を支持する政党の議席数が不十分であることが成立の主な足かせとなっていると述べ、その背景として、人権保護の視点を持つ意思決定者の欠如を指摘した。また、国家が家事労働者を、安価な商品として扱っていることや、インドネシア政府がILO189号条約批准を目指していても国内の法整備が進まないことにも言及した。
同氏は保護法案の成立にあたり、論点を2点挙げた。第一に保護法案を支持する政党の議席数の少なさである。現在、法案は議席数59の政党が支持しているが、保護法案を批判する政党の議席数が85であるうえ、その他の政党も保護法案に対する意思表示をしていない。法案の決定に投票が行われれば、保護法案成立は失敗に終わる可能性が高い。以上を踏まえ第二に、保護法案を支持する政党と他政党との政治的アジェンダの交渉が必要と指摘した。他政党に保護法案を支持してもらうのと引き換えに、現在保護法案を支持している政党が、他政党が関心を持つような法案を支持する必要性があるということである。
最後に同氏は保護法案成立に加え、地方自治体へのロビー活動やアドボカシー活動を戦略的に行う必要性を示唆した。法案は成立したが法律の運用やガイドライン規定が進まない事例があるためである。地区、州レベルで法案の運用がスムーズにいくことを、実践を通じてアピールすることが効果的であると述べた。
ディスカッサントでもある平野はアングライニ氏の報告を受け、Jala PRTが家事労働者保護法案策定において果たした役割、COVID-19による家事労働者への影響を尋ねた。1つ目の質問に対し、アングライニ氏は、Jala PRTの事前調査を通じて、2004年、家事労働者に関する法案草稿を提出し、その後も法案の支持政党へのロビー活動を行っていることを説明した。2つ目の質問には、COVID-19によって家事労働者の生活に大きな負担がかかっていると明らかにする。雇用主の在宅ワークにより、業務や労働時間が増加しているだけでなく、家事労働者の子どもたちのリモート授業への対応が難しくなっているという。さらに、COVID-19により、雇用主の経済状況が悪化してしまい、その結果労働者が解雇され、住まいと収入を同時に失う労働者がいる。しかしながら十分な公的保障が存在しないことを問題視した。
参加者からはJala PRTの具体的な活動に関する質問や、既存の労働者組合との協力について、そして雇用主側の意見を尋ねる声が多く挙がった。本セミナーは予定時間を大幅に越え、盛況のうち惜しまれつつ閉会した。
記録担当:箕浦 よはな(一橋大学大学院博士後期課程)
《イベント詳細》 【開催日時】2021年2月6日(土)15:00〜17:00 |