IGSセミナー「宝塚というランドスケープとジェンダー:ファンダムの文化的・地理的越境とその可能性」
2022年2月24日(木)IGSセミナー「宝塚というランドスケープとジェンダー:ファンダムの文化的・地理的越境とその可能性」がオンライン開催された。宝塚歌劇については、女性によって作られた「夢の世界」であり、女性の観客を一時的に男性優位社会の日常的な抑圧から解放させるというユートピア的なイメージの下で語られることが少なくない。しかし「清く正しく美しく」という女性演者のモットーの裏で、宝塚歌劇団が、家父長的な企業構造の下で厳しく管理されているということも事実である。こうした相反する表象やイメージをめぐって考察するために、本セミナーでは、大橋史恵氏(お茶の水女子大学ジェンダー研究所)による司会のもと、ルセッタ・カム氏(香港浸會大学文学院准教授)とズザンナ・バラニャク平田(お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士後期課程)の報告の後、ディスカッサントの張瑋容氏(同志社女子大学現代社会学部助教)が加わって討論を行った。
1人目の登壇者、ルセッタ・カム氏は、台湾における文化越境的欲望と宝塚歌劇団のファンの中でもレズビアン女性のファンを中心に講演を行った。植民地的遺産の経緯により、台湾の宝塚ファンダムは多くの世代を魅了したが、近年では2013年、2015年、2018年の宝塚歌劇団の台湾公演を機に現地の関心が改めて高まっているようだ。カム氏の講演は、台湾の新世代の宝塚ファンに着目し、そのファンたちがクィアな読解と欲望の生産に積極的に関与し、分節化しようとしていることを示した。この文化越境的な欲望の生産は、ローカルなLGBTQ+/「同志」運動がもたらした新たな資料へのアクセスと、国境を越えた中国語圏のクィアなファンコミュニティの形成によって可能となったとカム氏は主張した。
2人目の登壇者、ズザンナ・バラニャク平田は、日本の宝塚ファンが宝塚歌劇の本拠地である宝塚市をどのように認識しているかについて発表した。宝塚ファン文化の「聖地」である宝塚大劇場周辺の都市空間は、多くの宝塚ファンにとって安全な空間であり、女性ファンにとって地理的な居場所として認識される。彼女たちがこの都市空間との関係や日常的な相互作用をどのように築いているかを探求することでバラニャク平田は、この空間が宝塚ファン文化に重大な役割を果たしており、女性のファンネットワークによって居場所として常に創造・維持・意義づけされつつあると考察した。
2人の報告に続いて、張瑋容氏が加わりディスカッションを行った。張氏はファンダム空間には、固定的で限定的な物理的空間から、個々のファンの実践や欲望を投影した抽象的な言説空間まで、さまざまな形態があることを指摘した。宝塚ファンダムの文脈では、曖昧さと混合性を持ち合わせたジェンダーパフォーマンスは、女性ファンにクィアな読解を温存できる密やかな空間を提供しているのである。このような解釈を中心とする英語圏の先行研究がある一方、日本の研究ではほとんど議論されていない。バラニャク平田は、パフォーマンス/役者やファン自身のセクシュアリティ等を決して議論しないことは日本のファンダムの暗黙のルールの1つで、先行研究のギャップはそこに起因している可能性が高いと指摘した。興味深いことに、カム氏はこのようなファンの自己検閲の現象が台湾の宝塚歌劇のファンダムにも発生し、クィアな読解を楽しむ多くのファンが主流派のファンダムから疎外されていると述べた。この状況は、ファン文化の中にクィアなファンタジー空間は存在しうるが、それでも社会的排除の対象となりうることを示唆しているのではないかと討論した。
張氏が取り上げたもう一つの議論点は、トランスナショナルなファンダムの社会文化的背景と、それがポップカルチャーの受容に与える影響であった。例えば、日本のポップカルチャーは台湾社会に大きな影響を与えたが、K-POPなど他の国境を越えたファンダムの影響はそれほど大きくないという。このような受容度の違いは、世代間の違いによるものではないかとカム氏がコメントした。1980年代から1990年代にかけては、日本のポップカルチャーが東アジア市場を支配していたが、2000年代以降、韓国のポップカルチャーの輸出が強化され、台湾人の若い世代は日本よりも韓国の文化に親しんでいると指摘した。この世代の差は、カム氏が台湾の宝塚のレズビアン女性のファンを調査した際、その多くが20代後半から40代の社会人女性であったことからも明らかであった。
本セミナーの参加者からは、宝塚のクィアな読解、女性ファンダムの特徴や新型コロナウイルス禍がファンのコミュニティに与えた影響などについて、多くの質問やコメントが寄せられた。本セミナーで話題となった国境を越えるファンダムと女性ファンのネットワークについて理解を深めることができた。宝塚歌劇が近年、国際的な観客を獲得しようとしていることを考えると、解釈・読解・欲望の多様性やクィアなファンの包容力についての議論が今後も必要になっていくだろう。
記録担当:ズザンナ・バラニャク平田(お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士後期課程)
《イベント詳細》 【日時】2022年2月24日(木)14:00~16:30 |