IGS通信

セミナー「家電と暮らしのポリティクス」

2023.3.13 IGSセミナー「家電と暮らしのポリティクス」

イベント詳細

 2023年3月13日、IGSセミナー「家電と暮らしのポリティクス」が開催された。お茶の水女子大学ジェンダー研究所特任講師の嶽本新奈氏による司会の下、佛教大学社会学部教授の村瀬敬子氏、京都大学大学院経済学研究科講師の岩島史氏が登壇し、お茶の水女子大学ジェンダー研究所准教授の大橋史恵氏がディスカッサントを務めた。
 第一報告(村瀬)「家庭電化と家事労働のポリティクス――高度成長期における宣伝・広告を中心に――」では、家庭電気器具が急速に普及した高度経済成長期の前半である、1955~1965年を中心に、家庭電化と家事労働がどのように語られ、表象されてきたのかが論じられた。村瀬氏は〈家庭電化による女性解放、民主化〉という言説は、どのような論理により成立したのか、また家庭電化が家内において誰の意思決定によってなされたのかを、当時の宣伝活動・広告表現から検討した。
 「家庭電化」という言葉は1920~1930年代にマスメディアに多く登場しており、戦前の「家庭電化」においても、主婦が電気器具を用いて主体的に家事をする様相が描かれてきた。戦前においても家庭電化の普及を目的とした博覧会等が複数回開催されたが、その背景には、昼間の電気需要開拓の必要性があった。博覧会の展示において、家庭電化を行った家庭は、「衛生的」で「能率的・合理的・科学的」な家事がなされ、主婦が修養し新知識を学べるため「文化的」であると表象された。
 戦後の〈家庭電化による女性解放、民主化〉言説は、国の根幹にかかわるエネルギー政策に結びついて展開した。1949年に設立された家庭電気文化会は、電力会社や家電メーカーからに加えて、女子大教授、農林省の行政官なども理事に加わり、いわば国を挙げて家庭電気器具の奨励をした。ここでは「婦人の民主化は家庭の電化から」と位置づける一方で、家庭電化の導入によりできた時間をどう使うべきかについて「主婦」に対する強い規範がみられた。また家庭電化の広告の分析では、洗濯機や炊飯器といった家電製品が夫や戸主から妻や嫁に「与えられるもの」として表象されていることが指摘された。
 第二報告(岩島)「戦後農村における家電の普及とジェンダー―高度経済成長期を中心に―」では、家電普及の社会的プロセスについて、広告は誰のどのような欲望を喚起したのか、また洗濯という労働過程の全体において、家電の導入は農家世帯の労働(関係)の何をどのように変化させたのか、という点が着目された。日本の農村では都市部と違い、1960年代に農業(稲作)の機械化と並行して急速に家電が普及した。農村に最も普及していた雑誌である『家の光』は、戦中・戦後の紙不足もあり、従来広告に否定的な評価をしていたものの、1950年代後半以降は協同組合の雑誌として家電の広告も掲載するようになった。洗濯機の広告に関しては「アメリカ式生活の担い手」的側面を強調するよりも、機能面が強調され、著名な大手電気企業だけでなく、農業機械の製作所が動力脱穀機や精穀機と同時に、電気洗濯機の広告を全国の農機具店で扱っているという文句で掲載していた。
 第二次大戦後の農村民主化において政策的に推進された生活改善普及事業のなかでは、洗濯の頻度や量・時間等が調査され、洗濯が「しごと」として認められるようになると、共同洗濯機の導入が進んだ。同事業においては洗濯は洗濯機により省力化するが、その分炊事や掃除により手をかけたいという方向性があり、浮いた時間をそれらや会合などに回した場合には「忙しくなる」可能性はある。岩島氏は、洗濯の労働過程のみでなく、女性の労働全体を見る必要があると指摘した。この時期の日本農村では、洗濯機の共同利用だけでなく、洗濯という家事そのものが共同化された例もある。つまり近代的な科学技術の導入は新たな労働の共同性を一時的にせよ創り出した可能性があるとした。
 二つの報告を受け、ディスカッサントの大橋氏は、私たちの日常において、どのような家電製品がどう普及するかという問題は「パーソナル」であり「ドメスティック」であると同時に非常に「ポリティカル」であること、また「ドメスティック(国内の)」に見えることが、「グローバル」な政治経済秩序につながっている可能性もあるのではないかとコメントした。大橋氏は事例として、戦後香港における日本製家電の普及と家事労働者の雇用の関係に言及しながら、グローバルな政治経済秩序においてテクノロジーが女性の「ドメスティックな」役割を強化したという可能性を示唆した。

駒村日向子(お茶の水女子大学博士後期課程ジェンダー学際研究専攻)


《イベント詳細》
IGSセミナー「家電と暮らしのポリティクス」

【日時】2023年3月13日(月)15:00~17:00
【会場】ハイブリッド開催(お茶の水女子大学国際交流留学生プラザ2階多目的ホールB・C、Zoomウェビナー)
【司会】嶽本新奈(IGS特任講師)
【報告者】村瀬敬子(佛教大学社会学部 教授 「家庭電化と家事労働のポリティクス――高度成長期における宣伝・広告を中心に――」)
岩島史(京都大学大学院経済学研究科 講師 「戦後農村における家電の普及とジェンダー――高度経済成長期を中心に――」)
【ディスカッサント】大橋史恵(IGS准教授)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】日本語
【参加者数】99名