2023.12.8 IGS国際シンポジウム「グローバル政治の中のセクシュアリティと暴力」
2023年12月8日、国際シンポジウム「グローバル政治の中のセクシュアリティと暴力」が開催された。第一部では3名のパネリストからの報告が行われた。第二部ではコメンテーターが論点を提示し、それらについてパネリストたちが議論を行った。
はじめに申琪榮氏が本シンポジウムの趣旨を次のように述べた。本シンポジウムのねらいは、暴力とセクシュアリティの関係をグローバル政治のアリーナにおいて問うことにある。権力とセクシュアリティとは密接な関係にあり、セクシュアリティは排除と暴力の根拠として動員され続けている。今日の戦争や武力行使も、こうしたセクシュアリティの権力作用への着目なしに理解することはできないだろう
シンポジウム第一部では、異なる専門領域の3名による報告が行われた。最初の報告者キャロル・ハリントン氏からは、有害な男性性(toxic masculinity)をめぐる問題提起がなされた。ハリントン氏によれば、有害な男性性という言葉はフェミニズムに起源があるのではなく、ミソポエティックな男性運動のなかで生まれたという。男性たちの有害な暴力行為は、彼らが父親の不在によって傷ついたためだと説明される。ミソポエティックな男性運動においては、失われた真の男性性、そして家父長制を取り戻すことが正当化される。本報告では、国際機関による途上国の男性支援プログラムや職場でのセクシュアル・ハラスメントをめぐる言説など、豊富な事例が提示された。事例からは、ジェンダーの暴力や不平等が、経済的な構造ではなく男性のパーソナリティに還元されることが示された。男性たちに家庭や職場で女性をサポートするよう行動変革を促すことは、女性たちの有報酬労働への参加を促進するというウィメノミクス(womenomics)の観点から正当化される。さらに有害な男性性は望ましい男性像/望ましくない男性像を作り出し、女性に協力的で「ヘルシーな」男性の新たなリーダーシップを許容する。これは異性愛規範と家父長制を助長し、女性がひとりで生きられることには繋がらないと、ハリントン氏は主張する。有害な男性性の言説が持つこのような作用に注意する必要があるとして、報告は締めくくられた。
次の報告者の嶺崎寛子氏は、ジェンダー・オリエンタリズムがもたらす言説と現実の落差について論じた。暴力はつねにマジョリティによって定義づけられ、さらにそこにはジェンダー・オリエンタリズムが作用する。ジェンダー・オリエンタリズムとは西洋と東洋を二項対立的に捉え、東洋に特有とされる性差別を東洋の「遅れ」とみなすまなざしである。そこではグローバルな経済的・政治的問題は不問にされてしまう。ゆえに「暴力」が誰によって、どこから、誰に向けて、どのような意図で定義されているかを知ることが必要である。報告の後半では上記の点を検討するために、父親が娘の婚前妊娠をめぐっていかに名誉に基づく暴力を回避したかというエジプトの事例が紹介された。事例からは、婚前妊娠が名誉に基づく暴力に必ずしも直結するわけではないこと、名誉に基づく暴力はそれを回避するための社会関係資本がない人たちの「最後の手段」である可能性が高いことが明らかになった。ここから嶺崎氏は、名誉にもとづく暴力をめぐる言説と現実には甚大な落差があることを指摘する。ジェンダー・オリエンタリズムを脱構築するには、文脈やディティールを知る必要性がある。報告ではジェンダー・オリエンタリズムの視座から言説の意図を考えることの重要性が強調された。
最後の報告者工藤晴子氏は、合衆国の政策において、クィアな難民たちがいかに保護の対象/国家安全保障の脅威とされてきたかを論じた。2010年前後から国際機関がLGBTIQ+難民や亡命希望者の問題に焦点を当てるようになった。こうした包摂の流れはある程度歓迎すべきだが、注意もしなければならない。合衆国の歴史を遡れば、クィアな移民は保護の対象というより国家安全保障上の脅威とされてきた。ホモセクシュアルな移民は長らく「精神障害」や「性的逸脱」等とされ排除されてきた。さらに1980年代にはエイズ陽性者が難民受け入れを拒否されたという。他方で、近年合衆国はLGBTIQ+難民と亡命希望者の保護を提唱するようになるが、これはグローバルなヒエラルキーを形成する。それはクィアな人々への暴力と人権侵害が蔓延する「野蛮な」グローバルサウスと、クィア難民を受け入れる「進歩的な」グローバルノースという対立構造である。さらに、このようなグローバルな性のポリティクスは決して単線的ではない。トランプ政権やCovid-19の影響下では、クィアな移民の除外を再び強化する政策が取られた。クィアな個人の保護に加え、LGBTIQ+難民と亡命希望者の保護をめぐる言説がもたらす影響を問題視することも重要であるとして、工藤氏は報告を締めくくった。
第二部の冒頭では、青山薫氏が3名の報告にコメントを行った。青山氏は、①なぜ今、とくに、ジェンダー/セクシュアリティの政治なのか。②名づけの権力を取り戻すときのジレンマ。③構造的な権力関係を揺るがす戦略として、私たちは何をすべきか。
パネリストは、上記3つの論点および視聴者からの質問に答えた。「①なぜ今、とくに、ジェンダー/セクシュアリティの政治なのか」については、ジェンダー/セクシュアリティの問題の根底には経済の問題があること、ジェンダー/セクシュアリティは個人の身体や感情に強くはたらきかける作用を持つために構造的な議論が捨象されてしまうことが議論された。「②名づけの権力を取り戻すときのジレンマ」では、名づけることは周縁化されてきた経験を可視化する一方で、名づけることでさらに周縁化・不可視化されるものがあることを自覚することの重要性も共有された。「③構造的な権力関係を揺るがす戦略」に対しては、現実と言説の落差を捉えること、女性の経済的自立を可能にする政策にフォーカスすることの必要性が提起された。さらに視聴者から寄せられた質問「ポスト冷戦時代の国家イメージ戦略にクィアな難民が利用される理由」、「有害な男性性に陥らないための方法」への応答もなされた。
このように本シンポジウムでは、多くの問いが共有された。これらの問いはこれからも引き続き考えられるべきものであるとして、シンポジウムは幕を閉じた。
記録担当:小口藍子(お茶の水女子大学 博士後期課程 ジェンダー学際研究専攻)
《イベント詳細》
IGS国際シンポジウム「グローバル政治の中のセクシュアリティと暴力」
【日時】2023年12月8日(金)14:00~16:45
【会場】オンライン開催(Zoomウェビナー)
【パネリスト】
キャロル・ハリントン(ニュージーランド、ヴィクトリア大学上級講師)「『有害な男性』と『性的危険にさらされる女性・少女』の統治――反性暴力政策による異性愛規範家族と家父長制の安定化」
工藤晴子(神戸大学准教授)「難民とセクシュアリティ:脅威から保護の対象へ」
嶺崎寛子(成蹊大学准教授)「ジェンダー・オリエンタリズムと定義する権力 」
【コメント】青山薫(神戸大学教授)
【モデレーター】本山央子(IGS特任リサーチフェロー)
【開会挨拶・趣旨説明】申琪榮(IGS教授)
【閉会挨拶】戸谷陽子(IGS所長)
【主催】お茶の水女子大学 ジェンダー研究所
【言語】日本語・英語
【参加者数】144名