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IGSセミナー「メディアにおける『炎上』の構造と発信者としての私たち」

イベント情報

2024.6.14 IGSセミナー「メディアにおける『炎上』の構造と発信者としての私たち」
 第一部ではジャーナリストであり、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の治部れんげ氏が登壇した。講演ではまず、テレビや新聞、雑誌などのオールドメディアと、インターネット普及後に発達したweb媒体のニュースやSNSなどのニューメディアにおける作り手や経営形態、規制などの特徴についての整理が行われた。次に、日本マスコミ文化情報労組会議の『メディアの女性管理職割合調査の結果について』(2020)をもとに、新聞3.1%[1]、放送1.5%[2]、出版8.3%[3]という、メディア業界に女性役員が未だ少ないという問題点が指摘された。
 さらにメディア業界が他業種と比べて高収入であるがゆえに、片働きで家族を扶養できるという状況が、長時間労働や男性大黒柱モデルという旧態依然とした働き方を存続させていると指摘され、このようなジェンダー規範を内面化した作り手が制作する番組や記事などのコンテンツには、この偏ったジェンダー規範が反映されるという、ジェンダーバイアスが再生産される仕組みが説明された。最後に、ジェンダーバイアスのある記事や番組に対し受け手として何ができるかに関して、第一に、意見を送る時は宛先を明確にすること、つまり媒体や掲載時期、問題的な箇所を正確に把握し送り先の焦点を定めること。第二に、異なる立場の人にも伝わるように学術的専門用語ではなく、伝わる言葉で表現することという戦略的で具体的なアクションが示された。
 続いて第二部では、共同通信津支局長である宮川さおり氏と信濃毎日新聞社の記者であり、お茶の水女子大学博士前期課程の河原千春氏を加え、治部氏と3名でパネルディスカッションが行われた。
 宮川氏は、記者やデスクとして活躍してきた自身の経験に触れながら、メディア業界のジェンダーやセクシュアルマイノリティの問題の捉え方の変化や、社内でも部署によってジェンダーの視点を記事に盛り込む難しさが異なることなどを述べた。宮川氏は報道各社で原稿作成時に用いられる共同通信社の記者ハンドブックのLGBTに関する箇所の作成にも携わっており、差別を再生産しないために原稿で使う言葉を慎重に選択することの重要性を指摘した。
 次に、河原氏が共同通信社と地方新聞社が補完の関係にあることを説明し、自身の経験を振り返りながら産業的な構造と関係した新聞社の長時間労働の問題を提示した。河原氏が所属する信濃毎日新聞では共同通信社の記者ハンドブックを使用しており、ジェンダーに関する用語が記載されたハンドブックを示すことで、性差別的な表現について社内で指摘することが可能になったと述べた。
 その後3氏によるパネルディスカッションが行われ、メディア業界における以下の問題が共有された。

(1)ジェンダーの視点を入れた記事を紙面やweb上で公開することやジェンダー差別的な表現を指摘することの難しさと葛藤
(2)ジェンダーの問題は女性だけのものとして捉えられる風潮
(3)メディア業界の給与の相対的な高さから男性稼ぎ型モデルが強く残っており、パートナーに献身的で家事に従事する専業主婦規範が崩れにくいこと
(4)報道各社ともに制度上・規則上は、昇進などにおいて明確な男女差別が規定されているわけではないが、結局トップに選任される女性が少ないこと

また、2015年以降のSDGsの普及や2017年の#MeToo運動の影響などから、社会の規範やマーケティング、広告の面からメディア業界も変化していることも指摘された。
 その後質疑応答が行われ、「差別的な意見を持つ人にどのように対応するか」という問題について、治部氏から、デジタル上でのアプローチは限界がある一方、対面で継続的な関係においては自分の発言から相手が変わることもあると回答があった。また、宮川氏からは、半径1m以内、非常に身近な存在については自分の意見を表し続けることでその人の意識は変革されるという考えが示され、記者であれば記事、研究者であれば論文という表現手段がある、ということも述べられた。河原氏からも、実際に自身も記事を書く時に差別的な発言をする人がどうしてそうなってしまったのか歴史的・社会構造的な視点からも考え、ときほぐすような記事を書けるように努力しているとの回答があった。また治部氏から、どのような伝え方をすれば相手に効果的に訴えかけることができるかを考慮し、時には数字や経済的な指標を用いて説明することの重要性も示された。
 最後に参加者から、自身が経験したジェンダー問題を共有できる、今回のセミナーのような場があるということ、問題を共有し話し合える対話の場をつくり続けることの必要性が述べられ、セミナーは終了した。

記録担当:小林咲嬉(お茶の水女子大学博士前期課程ジェンダー社会科学専攻)


[1] 新聞労連に労組が加盟する新聞社・通信社(回答41社)の女性役員割合
[2] 在京・在阪のテレビ局(回答12社)の女性役員割合
[3] 出版労連に労組が加盟する出版関連企業ならびにそれ以外の出版関連企業(回答41社)の女性役員割合


《イベント詳細》
IGSセミナー「メディアにおける『炎上』の構造と発信者としての私たち
【日時】2024年6月14日(金)14:00~13:20
【会場】人間文化創成科学研究科棟 604
【基調講演】
 治部れんげ(ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授)
【パネリスト】
 宮川さおり(共同通信津支局長)
 河原千春(お茶の水女子大学博士前期課程ジェンダー社会科学専攻/信濃毎日新聞社記者)
【司会】
 浅野優菜(お茶の水女子大学博士前期課程ジェンダー社会科学専攻)
 唐井梓(お茶の水女子大学博士前期課程ジェンダー社会科学専攻)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】日本語
【参加者数】34名