2024.7.31 IGS国際シンポジウム「フェミニズムとコモニング:ポスト資本主義におけるフェミニズムの位相」
2024年7月31日、IGS国際シンポジウム「フェミニズムとコモニング:ポスト資本主義におけるフェミニズムの位相」が開催された。第一部では2名のパネリストが報告し、第二部では3名のコメンテーターが論点を提示して議論を行った。
はじめに大橋史恵氏が本シンポジウムの目的は、ポスト資本主義的な「コモニング」の構想をフェミニズムの観点から再評価し、特に女性やマイノリティの役割、そして社会的包摂や民主主義の重要性を議論することにあると述べた。シンポジウムでは、従来の合理的経済人モデルを批判的に乗り越えるとともに、人間中心主義を超えて多様な存在と共生する基盤を築く可能性を秘めたコモニングのアプローチを探求し、コモニングと市場経済の関係をどうとらえるか、グローバル資本主義による新たな囲い込みや再生産の枯渇に対抗する手段としてどのように再構築できるかを、フェミニズムの視点から考えたいとした。
シンポジウムの第一部ではフェミニスト、政治、経済学およびフェミニスト・ポリティカル・エコロジー(FPE)の領域において、コモニングのアプローチを議論してきた佐藤千寿氏とウェンディ・ハーコート氏が報告した。第一報告者の佐藤氏は、気候変動の時代においてコモニングのアプローチが、フェミニストの政治学を再興し、家父長制や資本主義の制約の下にありながらも、より公正で持続可能な社会生態学的関係性を築く可能性を提示した。報告は、コモンズやコモニングの形成をFPEの視点から読み解き、そのプロセスを分析することで、二元論的な考え方の脱構築を図ること、多様なエコロミーにおける女性と男性の役割遂行を再考すること、人間中心主義を乗り越え「人間以上」(more than human)の存在との交差を意識することが可能になっていくと強調した。さらにメキシコと日本の事例を通じて、搾取的な社会生態関係からの脱却や、親族によるコミュニティの形成、多種間の絡み合いによる変革の必要性が議論された。
第二報告者のハーコート氏は、 FPEの視点からケアとコモニングの関係を考察し、フェミニストの視点でケアと知識をどのように捉えるべきか、個人的かつ実践的な生活世界を再構築、再創造する重要性を強調し、特に自然との関係の再考や先住民の知識から学ぶことの意義に言及した。報告ではオーストラリアの事例を用いて、環境危機に対する理解の深化、個人的なジレンマや経験を共有しつつ、公正で持続可能な生活世界の構築に向けた実践的なアイデアを提供した。資源配分や開発プロセスにおける不公正は、権力の不均衡を引き起こし、利益と苦痛の不平等な分配をもたらす。そうしたインターセクショナルな差別や抑圧をめぐり、FPEは資源や環境、知識へのアクセスとコントロールに関する不公正を再考し、多様な知識や視点を統合して権力構造と生活世界への影響を包括的に理解する視点や、不公正な社会構造を批判的に捉える視点を提供できるとした。ハーコート氏の報告は、FPEは単なる権力構造の分析に留まるものではなく、歴史的背景を踏まえて生活世界への権力の影響を包括的に理解するアプローチが重要であることをおさえていた。コモニングを他者とのケアに基づいた共同の取り組みとしてとらえ、国家や市場に埋め込まれた社会的・制度的形態に代わる変革をもたらす手段として実践していくことが重要であると述べた。人間および非人間のエージェンシーの認識に基づく協働とケアの倫理は、研究者と被研究者、管理者と被管理者といった偽りの二分法を超えた新たな関係性を築くうえで重要であると論じた。
第二部では異なる専門領域の3名のコメンテーターが発言し、パネリストが応答した。まず日本の戦後農村社会を研究してきた岩島史氏が、次のような問いを示した。(1)コモニング・コミュニティとそうでないものの区別、コミュニティのメンバーになりうるのは誰か、どのように特定できるか (2)コモニング・コミュニティを分析ツールとして使うことで、家父長制やその他の不平等な社会関係を可視化できるのか (3)日本の農山村における共有林の利用に関連して、「人間以上」との関係性をどのように理解すべきか (4)日本とメキシコの事例の違いや、フェミニニティとマスキュリニティの変化をどのように捉えるか。特に、日本の事例では、高齢女性がコミュニティに貢献する一方で、政府や地方自治体をコモニング・コミュニティの一員と見なすことで、再生産労働が女性に押し付けられている側面が見過ごされる可能性はないのか。(5)先住民コミュニティにおける労働はジェンダー化されているのか。
続いてコメントした小田原琳氏は、フェミニストの思潮に根ざしながら現代世界に向き合うという切り口において、「More than humanを想像する」というテーマを中心にコメントした。現代社会において、人間が資本のための労働力再生産の単なる機械のように扱われ、無償またはほとんど無償の労働力として利用され、使い捨ての資源として見なされている。こうした状況を顧みるとき、オーストラリア先住民や日本、メキシコの事例では「人間性の回復」というテーマがどのように現れるのか、また、資本主義化と軍事化が極度に進んだ現代世界において、「人間以上」の回復がどのように実現されるかについて話した。
最後の大橋史恵氏は、マルクス派フェミニズムにおける議論をおさえつつ (1)ポスト資本主義のフェミニストは、コモニングにおけるケアや社会的再生産の重要性をとらえる際に、労働という概念を議論の中にどう位置づけるのか (2)フェミニスト的なコモニングの実践に関する議論は、ジェンダーに基づく構造的暴力の問題に対してどのような新たな視点や解決策を提示しているのか (3)オーストラリアの先住民たちは長い間、土地のアクセス、管理、ケアをめぐって闘ってきた。権利回復が行われたのはどのような経緯によるか。また、再所有、再構築、再創造のプロセスは、先住民コミュニティにおけるジェンダー関係に変化を及ぼしたのだろうかという質問を提起した。
3名のコメンテーターはそれぞれ非常に大きな問いを示したが、時間の制約上、すべてに網羅的に回答するのではなく、佐藤氏とハーコート氏がそれぞれ最大限に可能なかたちで応答するかたちでフィードバックがなされた。佐藤氏は、コモンズは自然資源に限らず、たとえば岩島氏がコメントにおいて示した日本の農村における共同洗濯機の導入は社会的コモンズにあたると述べた上で、そのようなコモニング・コミュニティにおける社会的再生産の変革実践において、ジェンダー関係には変化が起きうること、一方で洗濯石鹸の使用が生態系に及ぼす影響を「人間以上」の視点から考慮すべきという新しい課題が出てくることを示唆した。また資本主義とオルタナティブキャピタリズムにおける搾取を異なったものとして理解した上で、コミュニティに利益を還元する方法を模索していくことが重要だと述べた。次にハーコート氏は、「人間以上」の権利のバランスを取り、共存するための視点が重要であると強調した。たとえばプラスチック汚染は「ネガティブコモンズ」の一例であり、全員が関与している問題として認識すべきであると述べた。また先住民の権利回復の過程においてジェンダー関係にどのような変化があったか、再所有や再構築がジェンダーにどのような影響を与えたかを調査していくことは、重要な課題であると応答した。
参加者からは「コモンズやコモニングを作る過程において、スキルや知識はどのように共有されているのか」「コモニングの実践と資本主義的枠組み内での「脱コモディフィケーション」はいかに可能になるか」「『人間以上』の概念において、宗教的要素や先住民族のコスモロジーがコモニングにどのように関わっているか、特にフェミニスト・ポリティカル・エコロジーの観点からどのような議論がなされているか」などの質問があった。
閉会の挨拶では、ジェンダー研究所の戸谷陽子所長が、フェミニスト・ポリティカル・エコロジーやコモニングの枠組みに関する多様な視点が共有されたことの意義を示した。
議論全体を通じて、コモンズやコモニングが持つ多様な側面についての理解を深めることができた。現代の資本主義に代わる新たな経済・社会モデルを模索し、持続可能なウェルビーイングを追求するためには、ケアや社会再生産の重要性を意識することが必要だという論点は重要である。また、コモニングを単なる資源管理ではなく、文化的再生や政治的行動を伴う重要な社会的プロセスとして捉え、人間中心主義を超えた視点を持つことや先住民やコミュニティにおける女性たちの日常実践から学ぶことを提起した点からは、私たちがいかに社会科学知の刷新に向き合っていくかを考えさせられた。
余 楽(お茶の水女子大学 博士後期課程 ジェンダー学際研究専攻)
《イベント詳細》
IGS国際シンポジウム「フェミニズムとコモニング:ポスト資本主義におけるフェミニズムの位相」
【日時】2024年7月31日(水)14:00〜17:00
【会場】Zoom ウェビナー(登壇者および一部関係者は対面参加)人間文化創生科学研究科棟604室
【報告】
佐藤千寿(ワーゲニンゲン大学講師、オランダ)
ウェンディ・ハーコート(エラスムス・ロッテルダム社会科学大学院大学教授、オランダ)
【コメント】
小田原琳(東京外国語大学教授)
岩島史(京都大学講師)
大橋史恵(お茶の水女子大学ジェンダー研究所准教授)
【司会】
本山央子(お茶の水女子大学ジェンダー研究所特任リサーチフェロー)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】日本語・英語(オンライン同時通訳あり)
【参加者数】204名