IGS通信

IGSセミナー「台湾と日本における、トランス・インクルーシブなキャンパス…」

イベント詳細

2024.4.17 IGSセミナー
「台湾と日本におけるトランス・インクルーシブなキャンパスづくり」

 開催に先立ちIGS戸谷所長より、2024年4月3日に発生した台湾東部沖地震で亡くられた方々に対する哀悼の意と、被災された方々へのお見舞い、そして一日も早い復旧と復興への祈念が述べられた。登壇者および通訳者の簡単な紹介に続き、第一部では台湾伴侶権益推進連盟の共同創設者の許秀雯弁護士と簡至潔事務局長が、台湾のトランスジェンダーに関する状況とトランス・インクルーシブな教育環境とその取り組みについて報告、第二部では、これをふまえ、日本国内の大学の現状と課題についての報告と意見の交換が行われた。

 第一部では、許弁護士と簡氏により、台湾のトランスジェンダーを取り巻く環境の変化とキャンパスライフの変化について以下のような報告があった。

 台湾は、2004年にジェンダー平等教育法が制定され、今年で20年目を迎える。許氏らが設立した台湾伴侶権益推進は数年前から教員と協力し、英語教材をはじめとする様々な資料をもとにジェンダーに関わる教案を作成している。2008年に台湾内政部は、性別変更を行う場合、精神科医二名の証明書の提出と生殖器の摘出を要件とする行政命令を出したが、この要件には法的な許可が欠如している。当連盟は行政命令に不服を唱え、2021年に性別適合手術を受けていないトランスジェンダーのEさんの性別変更に関する訴訟を代行し勝訴した。これは、生殖器を摘出せず性別変更を行った台湾で初めてのケースである。引き続き五件の訴訟を代行し、多くのケースで違憲の疑いがあるという判決が下された。つまり、司法の面でのトランスジェンダーに関する法律改正は前進しているが、行政の動きは鈍いというのが現状である。

 簡氏は、昨年台湾で開始されたトランス・インクルーシブなキャンパス作りに関する指標を紹介した。教育現場でトランスジェンダーへの対応が開始したのはごく最近のことであり、当事者の不満を耳にしてきたという。この問題を解消するため、トランス・インクルーシブなキャンパスに関する評価指標を作成し、2023年には台湾の八校がこの評価に参加した。その結果、全ての大学が性別については戸籍上の性別の記載を求めていること、ジェンダーフリーなトイレは全ての大学に設置されているがその設置数は少ないということが明らかになった。さらに、トランスジェンダー学生の入寮に関する明確な規定はないことも明らかになった。ゆえに、安心して大学生活を送るトランスジェンダーの学生は少なく、さらなる具体的な指標や取り組みを提供することが大切であると語る。一回の大きな運動で社会が変わることはないが、小さなアクションの積み重ねが変化をもたらすと強調する。

 第二部は、国内三大学でこの問題にかかわる大学教員により報告が行われた。お茶の水女子大学の石丸径一郎教授は、本学が性別未変更のトランス女性の入学を受け入れるまでの経緯(2018年7月10日に会見を行い、2020年度から受け入れ開始)について報告した。欧米の女子大学がトランス女性の受け入れを表明した当時は、トランスに対する風当たりは強くなく、文部科学省と日本学術会議は、トランス女性が女子大学に進学できないとすれば、それは学ぶ権利の侵害であると明言するなど日本側の反応も早かった。こうした風潮の中、本学は2017年夏ごろから検討を開始、ワーキンググループを発足して検討し、教授会と役員会で審議し受け入れを決定した。各方面への説明会を経て、2019年5月にガイドラインを策定し、翌年の受け入れに至る。トランス女性の受け入れの有無や人数に関しては未公表としている。学長(当時)は、トランス女性を受け入れる理由として、本学は全ての女性にとっての大学であることと、多様性を構成することの重要性を掲げている。

 筑波大学の河野禎之助教は、トランスジェンダーに関する調査の結果と課題について報告した。筑波大学は、日本の大学で公式にLGBTQ+に関するガイドラインを策定し公表した最初の大学である。例えば、氏名は戸籍変更や医師の診断なしでも変更可能である。同大学は、同性パートナーのいる教職員への対応もあり、福利厚生制度を整備している。全国調査は、国立・公立大学と私大連盟に加盟している大学308校を対象に実施した。そこから、日本の大学ではトランスジェンダーに関する制度が整備されているように見えるが、当事者の声が拾われていない現状が浮き彫りになったという。ゆえに、当事者の声を聴くことが今後の課題だと指摘する。

 中央大学ダイバーシティセンターの長島佐恵子教授は、センターの活動について報告を行った。当大学は、2017年に中央大学ダイバーシティ宣言を公表し、多様性を持つ人々が学びと働く機会を損なわない環境づくりを宣言した。ダイバーシティを守ることは命を守ることだという考えを学内で共有し、2020年にはダイバーシティセンターを設置した。大学入学はトランジション(性別移行)を開始した学生にとって重要な時期であり、入学センターと連携し学生生活を円滑に開始することができるように支援している。

 その後、質疑応答が行われ、その熱量からトランスジェンダー、トランス・インクルーシブな環境への関心の高さがわかった。今回のセミナーを通して、基本的人権が守られた社会づくりと、そしてトランスジェンダーの学生が安心して勉学に勤しむことができる環境整備が喫緊の課題だということが明確になった。

お茶の水女子大学文教育学部言語文化学科4年 S.M.


《イベント詳細》
IGSセミナー
「台湾と日本におけるトランス・インクルーシブなキャンパスづくり」
【日時】2024年4月17日(水) 15:00-17:00
【会場】お茶の水女子大学国際交流留学生プラザ2F多目的ホール
【講師】
 許秀雯(弁護士  台湾伴侶権益推進連盟)
 簡至潔(事務局長 台湾伴侶権益推進連盟)
【進行・コメント】
 長島佐恵子(中央大学教授)
【コメント】
 石丸径一郎(お茶の水女子大学教授)
 河野禎之(筑波大学助教)
【通訳】
 八木はるな(中央大学准教授)
 魏韻典(東京大学大学院博士後期課程)
【総合司会】
 戸谷陽子(IGS所長・お茶の水女子大学教授)
【主催】ジェンダー研究所
【共催】中央大学ダイバーシティセンター
【言語】日本語、中国語(逐次通訳あり)
【参加者数】44名