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IGSセミナー「紛争関連性暴力(Conflict-Related Sexual Violence)」

イベント詳細

2025.7.22 IGSセミナー/AITワークショッププログラム
「紛争関連性暴力 (Conflicted-Related Sexual Violence):概念・実態・対応をめぐって」

 国際人権法および国連平和維持活動を専門とし、東ティモールやネパールなど紛争後の国々で多くの実践経験を持つキハラハント愛教授を招いて、紛争関連性暴力(CRSV) の概念、実態、対応に関する講演が行われた。

 キハラハント教授は、紛争後の社会における司法システムの問題やコミュニティの閉鎖的な態度、被害者支援の欠如を強調した。キハラハント教授は、「そのひと自身の経験した物語」から始めるアプローチは、聞き手に違和感や不安を与えてしまう可能性もあると断った上で、一つの事例を紹介した。東ティモールの事例では、15歳の少女が性暴力被害を証言したにもかかわらず、加害者であったインドネシア兵は「同意があった」と主張し、裁判所は加害者が被害者と「結婚し、経済的支援を提供するべき」という判決を下した。ところが加害者が帰国してしまい、その後、少女は自身のコミュニティからの無視や、妊娠による孤立という長期的な影響を受けたという。この事例は、未成年の少女にも性暴力が起きてしまう実態、家父長制的な伝統司法制度において被害者の証言や経験が軽視される構造的な障壁、そして彼女の被害が、望まない妊娠を含む長期的なものであることをあからさまにする。性暴力の議論においてしばしば焦点となる「同意の有無」は、被害者の尊厳を確保する観点から見て、その議論自体が極めて複雑で難しい問題になりうることを強調した。

 続いてキハラハント教授は、CRSVが単なる偶発的な出来事ではなく、紛争の体系的な「武器」であることを理論的に考察した。CRSVは特定の集団に対する差別的行為であり、権力関係を表す手段として用いられる。それは、紛争当事者が敵を弱体化させ、住民を恐怖に陥れ、権力を主張するための戦略的な手段として利用され、あらゆる年齢、性別、性的指向の個人に影響を与える。女性被害者の場合は、妊娠によって周囲に知られることが多い。これに対して男性の被害者は見過ごされることが多いだけでなく、「伝統的な男性像」に反するために自身の被害を認めることが困難にされ、コミュニティから排除されてしまうことがあると指摘した。

 さらに、国際人権法と国際人道法における性暴力の位置付けについても説明がされた。国際人権法は、性暴力について、性暴力を犯さないこと、適切な法律を整備すること、国家機関の職員を教育・訓練すること、性暴力を調査すること、そして被害者を保護し正義を追求すること等を国家に義務付けている。一方で国際人道法とは、武力紛争下で適用される法であり、より直接的にCRSVと関係する。条約と慣習法の両方から成り立つ国際人道法のもとでは、性暴力は戦争の手段や処罰として使用することは許されず、こうした行為を行なった個人は訴追される。

 しかし、紛争関連性暴力を防止するには、単なる法整備だけでは不十分であり、「不処罰の文化」に対抗する「予防の文化 (culture of prevention)」を社会全体に根付かせる必要があると、キハラハント教授は述べた。そのために、紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表プラミラ・パッテン氏の言葉を引用し、次の三つの柱を強調した。1.「不処罰の文化」から、正義と説明責任の文化への転換:加害者が何の罰も受けない状況を放置せず、必ず責任が問われるよう保証すること。2. 国家の責任と主導による、サバイバー中心の持続可能な対応:政府が主導して被害者を中心に据えた支援体制を構築・実施すること。3. 構造的なジェンダー不平等・差別の解消:紛争前から存在する女性やマイノリティの社会的排除を見直し、性暴力が起きにくい社会構造をつくること。

 質疑では、CRSVの枠組みを「慰安婦」制度に適用することについての質問があった。キハラハント教授は、両者は構造的な暴力と集団的な加害行為を含む点で共通していると説明したが、CRSVの枠組みが根本的な要因や不処罰に焦点を当てるものであるのに対して、「慰安婦」問題に関する議論は賠償などに集中していると指摘した。CRSVは、国連の定義上からも、通常は平時の保護システムの崩壊、非自発的移動、権威の不均衡などによって脆弱性が生み出される武力紛争状態に適用されるものである。しかし同様の性暴力パターンは、例えば米軍が駐留する沖縄や、経済帝国主義的な開発プロジェクトなど、軍事化、緊迫状況においても生じることが確認されている。これらのケースは「武力紛争」とは言えないが、アカウンタビリティの欠如と不処罰という根本問題においてCRSVとも関連していることを確認して、セミナーは締めくくられた。

鮫島七海(東京大学法学部第3類政治コース)

《イベント詳細》
IGSセミナー/AITワークショッププログラム
「紛争関連性暴力 (Conflicted-Related Sexual Violence):概念・実態・対応をめぐって」
【日時】2025年7月22日(火)14:00 – 16:00
【会場】お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科棟604教室
【報告】
 キハラハント愛(東京大学大学院「人間の安全保障」プログラム教授)
【司会】
 本山央子(IGS特任リサーチフェロー)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】英語(同時通訳無)
【参加者数】28名