2025.11.18 IGSセミナー
「男らしい国家」ふたたび?:国際秩序とジェンダー政治の変容
2025年11月18日に開催されたIGS国際シンポジウム「『男らしい国家』ふたたび?:国際秩序とジェンダー政治の変容」では、個別報告3本とコメンテーター2名を交えた討議が行われた。
第一報告者のカタジーナ・イェジェルスカ氏は「自由主義的国際主義をめぐる論争とフェミニスト外交」と題する報告を行った。イェジェルスカ氏は、欧米諸国がリベラルな国際秩序の唯一の起源・推進者ではないにもかかわらず、それが支配的ナラティブとして定着している現状と、その過程で、ラテンアメリカやアジア諸国などの非西洋諸国による貢献がしばしば捨象されてきた点を指摘した。2014年にスウェーデンが世界で初めて「フェミニスト外交政策(Feminist Foreign Policy。以下、FFP)」の採用を明示的に発表して以来、14か国がこれに追随してきたが、現在まで、一部の西欧諸国は国内のジェンダー保守政党の圧力を受け、FFPから撤退する動きを見せている。また、進歩的フェミニスト勢力からもFFPが「真に」フェミニスト的であるかという懸念や、「元植民地女性を救う」という植民地主義的プロジェクトではないかといった批判が提起されている。
このような反動・批判を真摯に受け止めたうえで、イェジェルスカ氏は新たなFFPのナラティブを形成する必要性を強調する。その際、外交政策におけるフェミニスト的思考と解決策を提示してきた「南」「東」の諸国、特にラテンアメリカの貢献を可視化するようなFFPの再解釈が不可欠であり、「批判的友人critical friends」というアプローチこそがリベラルな国際秩序やFFPに向き合う生産的な道筋となりうると締めくくった。
第二報告者のスミタ・バス氏は、「家族としての世界:インド外交政策における Vasudhaiva Kutumbakam(世界は一つの家族)のフェミニスト探求」という題目のもと報告を行い、インド政府が近年推進する外交理念であるVasudhaiva Kutumbakamに焦点をあて、インドが議長国を務めた2023年のG20サミットを事例に考察した。この概念は「世界は一つの家族」を意味する古代ヒンドゥ教の哲学である。G20ではこれに基づき「一つの地球・一つの家族・一つの未来」が公式テーマに掲げられ、グローバルな支援体制を構築するための「家族」、その原動力として「母親」が位置付けられ、特に女性主導の開発に注目がおかれた。しかし、Vasudhaiva Kutumbakamに対して、誰が家族の長となり、権力がいかに分配されるのか、紛争がどのように解決されるのか等の疑問が呈されてきた。
バス氏は、フェミニスト国際関係論の研究者であるフィオナ・ロビンソン(Fiona Robinson) による議論から、依存よりも自律を優先する主権国家モデルや国家の利益を重視する外交政策の考え方自体が関係性の精神に反するという点を挙げながらも、帝国主義に抗してきた「南」の諸国にとって国家制度やその外交政策は非対称な国際関係を変革しうるものであり、取り組みの根底にある原則はFFPと共鳴するという。
G20の公式文書の用語をめぐって中国とインドの間で論争が起こった事例から、バス氏は、国家利益が優先される局面でVasudhaiva Kutumbakamの綻びが現れていると指摘しつつ、変革的なジェンダー政治には既存の国際秩序に対する根本的批判と再構築が必要であり、家族制度のフェミニスト的批判が有用になりうると報告を締めくくった。
第三報告者の武田宏子氏は、「『男性的』(新)自由主義型資本主義国家の転換:「家族の廃止」論とニュー・ミュニシパリズムの試みから」という題目で報告した。まず、政治理論家メリンダ・クーパー(Melinda Cooper)の議論から、新自由主義経済の米国において、家族は幸福実現のための媒体とされ、家族構成員へのサービス提供者であり、金融経済の駆動力としても機能してきた点を概観した。この議論を参照し、日本が1950年代に導入した「家族計画」に焦点をあて、同計画が「幸せな家族像」と結びつき、家族が社会福祉サービスを提供するものとして位置付けられてきたことを示した。
近年、日本社会で家族形成自体が困難になりつつあるなか、武田氏は、家族が新自由主義経済・統治システムを支えるという関係性を変革する議論として、「家族の廃止論Family Abolitionism」と「ニュー・ミュニシパリズムNew Municipalism」を提示した。ニュー・ミュニシパリズムとは、特定の自治体が国家を超えて自治を構築しようとする試みであり、Fearless Citiesという世界的ネットワークを通じて自治体がお互いにノウハウを共有しているという。武田氏は、このような実践を通じて私たちの政治的想像力を鍛える必要があり、フェミニスト政治経済学の知見がそのインスピレーションを与えてくれると結んだ。
第一コメンテーターの本山央子氏は、リベラルな国際秩序とフェミニズムの関係を多角的に捉えた3者の報告では、「ポストコロニアリズム」「関係性」「家族」「国家」という共通項を有していると指摘した。その上で、イェジェルスカ報告に対し、フェミニスト視点からの関係性アプローチは自律的な主権国家という想定自体を問い、国家間、人々の間、人間ではないものを含めた関係性をラディカルに再創造するものとした上で、リベラルな国際秩序の限界を打破しうるようなFFPの実践の具体的な事例を求めた。次に、バス報告に対し、国家のあり方自体を批判するロビンソンの議論とは対照的に、バス氏は国家中心的なアプローチに不平等な国際関係を変革する可能性を示したが、ロビンソンによるフェミニスト的関係性の理解やアプローチとの相違について見解を問うた。武田報告については、リベラリズムやその政治体そのものの再創造に繋がる「家族の廃絶論」が主権国家にどのような示唆を与えるのか、また主権国家間の関係性を基盤とする国際関係がいかに再創造されるのかという疑問を提示した。
第二コメンテーターの三牧聖子氏は、FFPが欧米中心主義や軍事力との親和性をもつ側面(アフガニスタン紛争における軍事侵攻の正当化)を挙げた上で、イェジェルスカ・バス報告がFFPの歴史の中で忘却されていた非欧米諸国の女性たちの貢献を明らかにし、新たなFFPの可能性を模索する点を高く評価した。その上で、ガザ情勢をめぐり「ホワイト・フェミニズム」への批判が高まる現状をどのように捉え克服すべきか、イスラエルの軍事行動に対する非欧米諸国間の温度差や連帯の欠如をどのように見るのか、両氏に問いかけた。武田報告については、現在の日本における覇権的男性性が対外的に持つ含意や、欧米中心主義的FFPを克服し非欧米諸国と連帯しうるために、日本はどのような政治変革を経るべきかを問うた。
各報告者によるリプライの後、フロアからも多岐にわたる質問が寄せられた。ガザをめぐるフェミニズムの分断やFFPの導入と軍事貿易が両立してしまう矛盾、若年男性による高市政権支持の背景にある覇権的男性性の問題、「家族の廃止論」の実践であるothermotheringに対するバス氏の評価、日本による「女性・平和・安全保障(WPS)」の取り組みに対するフェミニスト視点からの評価など、閉会まで活発な議論が展開された。
大野聖良(お茶の水女子大学基幹研究院研究員)
《イベント詳細》
IGSセミナー
「トラブルの時代にフェミニズムを愛するということ」
【日時】2025年11月18日(火)14:00-17:00
【会場】オンライン(Zoomウェビナー)
【報告】
カタジーナ・イェジェルスカ(スウェーデンUniversity West教授)
スミタ・バス(インドSouth Asian University准教授)
武田宏子(名古屋大学教授)
【コメント】
本山央子(IGS特任リサーチフェロー)
三牧聖子(同志社大学教授)
【司会】
申琪榮(お茶の水女子大学IGS教授)
【主催】ジェンダー研究所
【共催】科研費若手「日本による親ジェンダー外交の展開:安全保障、ガバナンス、植民地主義視点からの分析」(23K17134)
【言語】日本語・英語(オンライン同時通訳あり)
【参加者数】160名
