2025.7.24 IGSセミナー
「ラテンアメリカからひらくフェミニズム:生の収奪に抗する知と実践」
2025年7月24日、IGSセミナー「ラテンアメリカからひらくフェミニズム:生の収奪に抗する知と実践」が開催された。
第一登壇者の洲崎圭子氏は、ラテンアメリカ文学の特徴として植民地の経験や格差社会と連関し発展してきたことや、性的役割を描写することで多様な現実をジェンダー化する強力な装置として機能してきたことを指摘した。報告ではラテンアメリカの社会的文脈と文学を捉える言葉として「マチズモ」と「フェミサイド」が紹介された。「マチズモ」の語源である「マチョ」は元々ポジティブな意味をもっていたが、まずは米国内で出稼ぎのメキシコ人男性の周縁化が進むなか、男性優位主義や性差別のニュアンスをはらみながら使われる傾向が広がった。「フェミサイド」は一般に女性が女性であるために男性に殺され家父長制の犠牲になることを意味するが、洲崎氏によればその現象は「フェミサイド」という言葉が流通する前からJ.Lボルヘスなどの作品で見られ、最近でもF・メルチョールやC・アルマーダなどの作品でその悲惨さを捉えることができるという。最後に、トランスヴェスタイトのゲイ男性が登場するM・プイグの作品やトランスジェンダー女優であるC・S・ビジャダが紹介され、洲崎氏はこのようなラテンアメリカの文学・メディアが日本でもより広く知られていくことを望むと語った。
第二登壇者の柳原恵氏は、2018年のチリの「津波」と呼ばれるフェミニズム運動について発表した。チリは、南米初のOECD加盟国で経済的には発展しているとされるが実際には貧富の格差が大きい。高等教育費や医療、年金の負担などにジェンダーが強く介在しており、新自由主義の弊害が女性たちにのしかかっている。そのようななか、2018年に女子大学生が中心となって、大学におけるセクハラのようなジェンダー暴力や教育制度にひそむ男性優位性を批判するキャンパス占拠デモを繰り広げた。柳原氏は、実際の参加者の様子や大学に掲げられた作品などの写真を示しつつ、この動きが特定の女性集団に限られたものではなく、全国の大学や男子学生たちの間に広がり、チリ社会全体に家父長制を共通の敵としてみなす文化が共有されていたことを示した。占拠はガイドラインの策定、加害教授の解雇、アジェンダの発表などに繋がり、そのことは教育制度の改革や家父長制的ジェンダー構造の根本的な乗り越えへと向かうものでもあった。柳原氏は、このようなラテンアメリカのフェミニズムの視座と活動から日本社会やフェミニズムは学ぶ点は多いと指摘した。
第三登壇者の柴田修子氏は、2017年の大統領選挙の候補者となった先住民族女性マリチュイを取り上げ、サパティスタ運動について解説した。サパティスタ運動は1994年にメキシコの最貧州であるチアパスで蜂起した運動である。この運動では女性革命法が制定され、先鋒で女性司令官が活躍するなど女性の姿が目立った。しかし国外のフェミニストたちは、サパティスタの女性革命家たちが武器を手に取っていたことを受け、戦争に女性が加担させられていると批判した。また、チアパス州では運動後に中絶へのアクセスがしにくくなったことから女性の権利が侵害されているという指摘もあった。柴田氏はこのような見方は、運動の背景を十分に理解したものではないとし、貧困や暴力にさらされてきた先住民女性たちがなぜ生存のために武装せざるを得なかったのかを読み解くことが重要であると述べた。この蜂起後、女性たちが日常や社会について意見を交わす女性集会が開かれるようになった。慣習の見直しや女性の可視化などが進み、その結果として近年では大統領選挙においてマリチュイの立候補も実現した。チアパス社会は急進的に変わったのではなく、様々な女性たちが関わるなかで徐々に変化してきたということが示唆された。
上記の3名の発表を踏まえてコメンテーターの菊地夏野氏からは、ラテンアメリカへの問題意識はこれまでのフェミニズムの傾向や#MeToo運動の評価とも関わっていることが指摘された。#MeToo運動は、被害者が声をあげられる場を作った一方、処罰主義やレイシズムが包含されていることが批判されている。他方、アルゼンチンからラテンアメリカ全域に広がり、スペイン等にも伝わったNi Una Menos(一人も欠けてはならない)の運動には、女性への暴力を個人の問題にせず社会構造と結びつけること、女性を政治主体とすること、懲罰主義への批判といった特徴があるという。菊地氏は、排外主義が激化する現在の社会において上記の2つの大きな運動の可能性と限界を考え続ける必要性を述べた。また、フェミニズムをどう広め深めるかという課題に対して、フェミニズムを一元的としないこと、各自のフェミニズムの構想や実践を互いに議論・対話し続けることが重要であるとし、上記のラテンアメリカのフェミニズムの例はそのきっかけを提示すると指摘した。
熱意のこもった議論を受け、フロアからは活発な質疑やコメントが提起された。ラテンアメリカのフェミニズムに対する解像度を高めてくれる意義深いセミナーであった。
小林咲嬉(お茶の水女子大学博士前期課程ジェンダー社会科学専攻)
《イベント詳細》
IGSセミナー
「ラテンアメリカからひらくフェミニズム:生の収奪に抗する知と実践」
【日時】2025年7月24日(木)14:00-16:00
【会場】人間文化創成科学研究科棟 604
【登壇者】
洲崎圭子(中央大学客員研究員/お茶の水女子大学IGL研究協力員)
柳原恵(立命館大学准教授/お茶の水女子大学IGI准教授(クロスアポイントメント)
柴田修子(同志社大学准教授)
【コメンテーター】
菊地夏野(名古屋市立大学准教授)
【司会】
大橋史恵(お茶の水女子大学IGS准教授)
【主催】ジェンダー研究所
【共催】立命館大学国際言語文化研究所ジェンダー研究会
【言語】日本語
【参加者数】67名
