2016年4月11日(月)、ジェンダー研究所主催による「金融化、雇用、ジェンダー不平等」というテーマで国際シンポジウムが開催された。新年度が始まったばかりの日程での開催であったが、多くの参加者を得て、活発な議論が交わされた。司会は、板井広明氏(本学)がつとめ、開催趣旨と登壇者の紹介が行われた。
一人目の登壇者、ジョヨッティ・ゴーシュ氏(インド、ジャワハルラール・ネルー大学)は「金融危機と女性の経済的状況」という題目で、ジェンダー化された経済危機の影響とマクロ経済政策について論じた。女性労働者は景気の調整弁や家計補助的労働力として見做されてきたため、経済危機においては男性労働者とは異なった影響を蒙ったことを2000年代以降の統計データより示した。特に、無償労働が資本蓄積のために決定的に重要な役割を果たしていることには留意すべきで、マクロ経済政策によって有償労働と無償労働の配分は変化する。2008年以降の経済危機への対応政策はジェンダー視点を考慮せず、公共事業の増大と緊縮財政策による失業率上昇と社会保障費削減は、女性が無償労働を強化して家計の不足分を補填しなくてはならない状況をもたらした。一方で、福祉支出の拡大や雇用創出、最低賃金などの上昇といったジェンダー・センシティブな経済危機対策をとったスウェーデンやアルゼンチンでは、比較的早期に金融危機からの脱却と生産と雇用の回復を遂げた。危機からの回復には、雇用の強化と社会保護の拡大が要であり、マクロ経済政策はその中心に女性と労働者の状況改善を据えるによって乗数的に有益な影響が創出され、さらなる経済活動の拡大が生まれ、持続可能な経済成長、より公正な発展、社会的緊張の減少が可能になるだろうとまとめた。
次の登壇者であるチャンドラシェーカー氏(インド、ジャワハルラール・ネルー大学)は「アジアにおける金融と不安定性」と題して報告を行った。1970年代半ばに始まる金融自由化の波は、アジア地域においては1991年の国際収支の危機と1997年の金融危機を誘発し、1990年以降、資本の流入を伴うグローバルな金融統合化が進行して、アジアの金融制度はアングロ・サクソン型となった。しかし、1997年のアジア通貨危機以降、多くの国では、大量の外貨準備高が危機への対応策と見なされるなどしたため、経済発展のためのリソースを十分に活用できなかった。また金融危機の影響とその対応は各国で異なり、1997年危機では危機直後から世帯と政府の債務削減が開始されたのに対して、2008年危機では、国内外の借入金の増大や累積債務の増加となった。2015年までに香港、シンガポール、中国、韓国などのアジア諸国/地域の銀行信用のGDP比は、米英よりも高いレベルになったが、外国資本による民間主導の成長や減税、企業合併が進み、金融政策の効果の実体経済への影響は限定的か確認できない状況である。このように、金融化を軸にした経済成長はマクロ経済的管理の問題を抱えつつ、アジア諸国に脆弱性をもたらすものだった。これらのことを踏まえ、持続可能で安定的な経済の実現には、金融資本の規制が重要であると主張した。
討論では、伊藤誠氏(東京大学名誉教授)が、ゴーシュ報告に対して、第1に経済危機において女性の雇用と家事労働の増大という二重負担の指摘は重要で、その論理をより丁寧に考察する必要性がある点、第2にアジア地域の経済が構造的に脆弱性をもち、より内需依存型経済にして安定性を得ることが女性にとっても重要である点、第3に危機対応としてはインフラ整備(コンクリート)よりも社会保障(人間)が重要であり、現代的ケインズ政策もその内容が問われることを指摘した。チャンドラシェーカー報告については、第1に投資を社会的にコントロールしなければ資本主義としても機能しないのではないかという点、第2に日本の金融自由化は外圧のみでなく大企業を中心として自己金融化が進行した結果であるとも考えて金融自由化を捉える必要があること、第3にアジア諸国における消費者金融の拡大という現象は、旧来の資本主義における労働力の商品化から、労働力の金融化という事態への推移を象徴しているもので、そのことのジェンダー的意味を問うことが重要ではないかとコメントされた。最後に女性の力も含めた草の根の相互扶助的なもの(協同組合や地域通貨など)や社会的経済を、ケインズ的国家政策と相反しない形で模索できるのではないか、それが21世紀型の社会民主主義であると指摘された。
報告者からの応答では、ゴーシュ氏は、伊藤氏の21世紀型社会民主主義のローカル・モデルには全面的に賛意を表するとした上で、そこでは女性の生産的労働の貢献が評価されておらず、無償労働の再分配も課題にあがっていないので、女性の参画を推し進め、男性支配的文化を変革する必要性があるとコメントした。チャンドラシェーカー氏は、金融活動の収益率が生産活動の収益率を上回り、帝国主義的膨張が不可能になると国内的なバブルが発生することを資本主義の本質と指摘し、金融に代わる人間の生活=福祉を中心とした経済の在り方を考えていく必要があるとした。また、新しい社会主義や社会民主主義に関連して、草の根活動の重要性を認めつつも、国家が主導権をもって金融を管理し、新たな銀行制度を構築する重要性を喚起した。
クロージングでは、足立眞理子氏(本学)が本シンポジウムでの議論を総括した。金融化とジェンダーという課題は、2008年グローバル金融危機以降、フェミニスト経済学やジェンダー分析において、その重要性が認識されてきた。とくに雇用の規制緩和によるジェンダーへのインパクトが異なること、すなわちジェンダー非対称的な現われである。また2報告でも触れられたように、危機後の財政緊縮策が女性に対して負の影響が強いのは、女性の無償労働をより強化し、負担を増大させることによって社会的再生産を充当せざるをえなくさせるからである。現在の日本では金融危機後の経済立て直しがさらなる金融緩和を通じて進められるなか、女性は待機児童を抱えつつ高齢者のケアを行い、非正規雇用や派遣によって就労する。そして多くの人が金融資産と言えば預貯金で、株式投資には縁がないまま置き去りにされ、赤字財政の名のもとに消費税増税が是認される状況への批判は、主流派からもでてきている。財政支出が真に考慮されるべきは、旧来型の箱モノではなく、女性が無償労働によって下支えし、担ってきた領域であることは明白である。そこにこそ人間の生活の実存があるからであり、「金融化・雇用・ジェンダー不平等」を議論した本シンポジウムが、そこにこそ届くことを要望すると結んだ。
金融化が進行し経済が不安定化する世界において生じている新しい課題に対して、オルタナティブな社会の在り方とそのための施策を真摯に展望する姿勢が印象的なシンポジウムであった。
(記録担当:中村雪子 立教大学ジェンダーフォーラム 教育研究嘱託員)
【日時】2016年4月11日(月)18:10~20:30
【会場】お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科棟604大会議室
【司会者】 板井広明(お茶の水女子大学ジェンダー研究所・特任講師)
【登壇者】
・ジョヨッティ・ゴーシュ(ジャワハルラール・ネルー大学・教授)「金融危機と女性の経済的状況」
・C.P.チャンドラシェーカー(ジャワハルラール・ネルー大学・教授)「アジアにおける金融と不安定性」
【ディスカッサント】 伊藤誠(東京大学名誉教授)
【閉会の辞】足立眞理子(お茶の水女子大学ジェンダー研究所・教授)
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【参加者数】41名