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IGS国際ワークショップ「アジア太平洋をめぐる地政学的抗争とジェンダー」

イベント詳細

2024.12.5 IGS国際ワークショップ「アジア太平洋をめぐる地政学的抗争とジェンダー

 報告者の一人目の蔡一平氏は、冒頭で中国の国際社会における影響力が拡大する中で、それに対する研究やメディアの関心は高まっている一方、女性の発展やジェンダー平等に関する国際的取組が強化されている側面には十分な注意が払われていないことを指摘した。このため、グローバル・サウスのフェミニスト研究者・活動家のネットワークであるDAWNは、2022年から中国のグローバル・サウスへの関与におけるジェンダー影響を分析する研究プロジェクトを立ち上げた。報告では、まず中国の開発協力おけるジェンダー概念に関して三つの特徴が示された。第一に、中国の公式言説において女性は子ども、高齢者、障害者と並ぶ脆弱な集団に分類されているが、同時にその潜在能力とエージェンシーも認識され、女性の能力の発展が社会の繁栄や国家の経済発展に資するとされている。また、ジェンダーは男女の二項に焦点が当てられ、性的指向やジェンダー・アイデンティティへの支持は消極的である。この戦略的曖昧さは中国政府の外交原則「求道存异」を反映している。第二に、南南協力ではノン・コンディショナリティと領域外義務の間に緊張関係があり、ジェンダー主流化のための一貫したアプローチは存在していない。第三に、国際開発イニシアティブの言説と現実の間にはギャップがあり、公的文書にはジェンダー平等に関する記載はあっても、中国側および受入国側のジェンダー意識は低い。次に、DAWNの調査から得られた主な結果が共有された。ジェンダー影響については正と負の両面があり、インフラや人道プロジェクトは女性たちに利益をもたらしている一方、市民社会や女性団体の参加が欠如した状況でジェンダー平等に変革をもたらすかは疑問がある。考察では、DAWNの研究がジェンダーの視点から南南協力を再考する必要性を示唆しており、特に国際開発協力においてジェンダー平等の達成や女性の人権尊重はコンディショナリティとしてではなく、各国の開発アジェンダに統合されるべき目標であることが強調された。連帯と対話を通じてフェミニスト・アジェンダを再想像することが今後の重要な課題である。

 次に本山央子氏は、日本が中国のような権威主義的国家からの脅威に対し、民主主義、人権、法、支配など「普遍的価値」に基づく地域秩序を守るため、急速に軍事大国として台頭しつつあること、その中でジェンダーが安全保障戦略の一部として継続的に推進されてきたことを指摘した。報告ではまず、冷戦後の日本の安全保障の再構築とジェンダー主流化の概略が説明された。1990年代の湾岸戦争を契機に日本は非軍事的憲法から離脱し、「共通の価値」に基づく「日米の固い絆」を強調しながら、国際秩序を維持する責任を持つ新たな「男性的な日本」の再構築を試みた。しかし同時期の「慰安婦」被害者による正義の要求は、保守派の反発を招いた。2000年代に日本はアフガン戦争の復興支援を通じて、ジェンダー主流化を推進するWPS(女性・平和・安全保障)の重要性を認識し、対テロ戦争への関与の中で、自国の安全保障と経済成長のために国際安全保障に関与する必要性を再認識した。2010年代に成立した第二次安倍政権は「積極的平和主義」を掲げ、2013年に国家安全保障戦略を策定した。この文脈で「普遍的価値」に基づく国際秩序の維持は「国益」の一部となり、女性活躍や女性保護に向けた国際協力が強調された。こうした状況は2022年のウクライナ侵攻以降、さらに変化している。岸田政権は軍事能力の拡張を強力に促進し、2017年から「普遍的価値」に基づく地政学的・地経学的地域戦略であるFOIP(自由で開かれたインド太平洋)が推進されてきた。しかし「普遍的価値」は日本の利益促進を国際的公共善として正当化するものであり、この中で中国は「普遍」に反する危険で異常な他者として位置づけられ、ジェンダー平等は「弱者」を保護する権力主張として表れている。こうした「普遍的価値」を掲げた軍事力の拡大と国際安全保障の推進は、人権侵害を悪化させる危険性を持つ。これに対抗するフェミニスト実践の可能性として、報告では政策対話に関与し、その枠組みを問うこと、さらにフェミニスト政治経済学の視点から国家予算や資源配分を検討する必要性が提起され、その過程でグローバル・サウスとの節合が不可欠であることが強調された。

 コメンテーターの秋林こずえ氏からは、トランスナショナルなフェミニストたちの連帯による平和活動の実践として「軍事主義を許さない国際女性ネットワーク(IWNAM)」および「武力紛争予防のためのグローバルパートナーシップ 北東アジアプロセス(GPPAC NEA)」の取組が紹介された。また、蔡氏には北東アジアにおけるフェミニストと市民社会の対話構築の可能性、本山氏にはWPSの地域計画の策定に向けた展望について質問がなされた。さらにフロアからは、現在の中国における変革の難しさや、日中の立場を越えたフェミニスト対話構築について質問があった。過去の歴史を踏まえた対話の再活性化と、地政学とフェミニスト政治経済学の両視点から新しいフレームワークを形成する重要性が再認識され、ワークショップは閉幕となった。

高橋麻美(お茶の水女子大学大学院博士後期課程ジェンダー学際研究専攻)


《イベント詳細》
IGS国際ワークショップ「アジア太平洋をめぐる地政学的抗争とジェンダー」
【日時】2024年12月5日(木)16:30-19:00
【会場】お茶の水女子大学共通講義棟1号館302室
【報告】
 蔡一平(Development Alternatives with Women for a New Era (DAWN)、カリフォルニア大学アーバイン校)
 本山央子(お茶の水女子大学ジェンダー研究所)
【コメント】
 秋林こずえ(同志社大学)
【司会】
 嶽本新奈(お茶の水女子大学ジェンダー研究所)
【主催】ジェンダー研究所
【共催】科研費若手「日本による親ジェンダー外交の展開:安全保障、ガバナンス、植民地主義視点からの分析」(23K17134)
【言語】日本語・英語(逐次通訳あり)
【参加者数】38名