IGSセミナー「移住労働者の子どもたち」
本セミナーは「移住労働者の子どもたち」に焦点を当て、先進国のケア労働を移民女性労働者が担うグローバル・ケア・チェインが生み出す課題をジェンダーの視点から考察したものである。講師には、移住労働研究者であるYoga Prasetyo氏とフェリス女学院大学教授である小ヶ谷千穂氏をお迎えし、インドネシアとフィリピンの事例について講演いただくとともに、静岡県立大学教授である高畑幸氏をディスカッサントとして討論を行った。
はじめに、研究者であり自身が移住労働者の子どもであるYoga Prasetyo氏は、移住労働者に対して制約を課す移民規制レジームは家族統合に困難をもたらしており、特にそのしわ寄せが残された子どもに及んでいることを問題提起した。講演ではまず、インドネシアの叔父叔母の家で養育された自身の幼少時代にふれ、シンガポールに家事労働者として移住した母との交流や、家族間の信頼関係の構築について語った。シンガポールの「選択的規制移民政策」では、3種類の就労許可のうち、低スキルの移住労働者に付与される就労許可においては、市民権が申請できないほか家族の呼び寄せも禁止されている。Yoga氏は、低スキル移住労働者が経済的成長のために使用される一方、移民としては歓迎されず不利益な扱いを受けていることを指摘した。こうした状況によって、移住労働者の送り出し国には、Yoga氏のように多くの子どもが親に付いていくことができず「取り残される(stay-behind)」ことになる。「取り残される子ども」に関する公式な統計データはなく、十分にその実態が把握されているとは言い難い。残された子どもへのケア提供、経済的、法的側面における課題も顕在化している。最後に、こうした課題に対しインドネシアでは、「デスミグラティフ (Desmigratif)」といった移住労働者の子どもの養育に係るプログラムや支援の提供が推進されていることが言及された。
小ヶ谷千穂氏は講演において、従来の移民・移動研究では、子どもは大人の「扶養者」「付属物」として語られてきたが、主体的な意思に基づき自立的な選択を行うエイジェンシー(行為主体性)を持った存在として、子どもの「生きられた」経験に着目し、「移動に生まれ、移動を生きる」子どもとして捉える必要性を指摘した。「移動に生きる子ども」は一概に捉えられるわけではない。移住労働者の子どもや外国にルーツを持つ子どもなど、移動の中に生まれ、移動を直接あるいは間接に経験していく存在である。その中で移住労働者の子どもは、労働者の出身社会に「取り残される」、将来的な社会の構成員ないし生まれること自体が想定されていないなど、ホスト社会からその存在を想定されていない子どもという側面がある。さらに移住労働者とその子どもの再統合においては、親・子どもの両者が親子関係の再構築に向けて大きな負担を強いられる。カナダに移住し家族の呼び寄せを行ったフィリピン人ケア労働者の事例から、子どもは、母親との再統合やホスト社会への適応など複数の適応を同時に行うことを要求されるほか、親世代とは異なる経験、「移住者の子ども」から「移住労働者」への移行経験など、様々な経験や困難を持つことも示された。最後に、こうした状況を踏まえ、「同化」の対象や「移住者の子ども」として見る視点を超えて、「移動の中に生まれ・生きる子ども・若者」という視点を持つこと、またそこにジェンダー視点を持つことが課題であることが指摘された。
講演を受けて高畑幸氏は、まず両講演ともに移住労働者である女性やその子どもの脆弱性を指摘したと述べた。そして、政策過程における移住労働者自身の声の欠如、移動「せざるを得ない」人への理解を持つ必要性について言及した。次に、Yoga氏に対しては母親や親族と「信頼」関係を構築するための具体的な取組、またインドネシアのデスミグラティフにおけるコミュニティ・ペアレンティングの持続可能性について質問がなされた。小ヶ谷氏に対しては、移動を生きる子どもを研究対象とする難しさや、子どもに接する大人の責任についての所見を尋ねた。セミナー参加者からは、インドネシア政府やNGOの実践内容や日本政府や自治体における取組、呼び寄せられた子どものネットワークや居場所づくりに関して、多くの質問が寄せられた。これらを受けディスカッションでは、Yoga氏からは、デスミグラティフが「取り残された子ども」へのエンパワメントという点で効果を上げていること、高畑氏からは、浜松市など日本の自治体においても多文化共生に向けた子どもへの支援が行われていること、小ヶ谷氏からは、外国にルーツを持つ子どもの増加を踏まえ日本政府も政策的関心を持ち始めていることなどが共有された。
最後に、現在の「取り残される子ども」が生まれる状況が、グローバル資本主義の中で「通常」となるかという質問に対し、「取り残される」こと自体が「異常」であり、そうした構造を批判していくとともに、家族形態が多様化する中でそこに生きる子どもの人生を尊重する重要性が各登壇者から述べられ、本セミナーは閉幕した。
記録担当:高橋麻美(お茶の水女子大学大学院博士後期課程)
《イベント詳細》 【開催日時】2021年10月30日(土)14:30-17:40 |