IGS通信 2016

国際シンポジウム「家族、仕事、ウェルビーイングの国際比較」

2016年6月9日(木)お茶の水女子大学にて、ジェンダー研究所主催によるシンポジウム「家族、仕事、ウェルビーイングの国際比較」が開催された。本シンポジウムは、本学ジェンダー研究所特別招聘教授スーザン・ハロウェイ氏の企画立案であり、ノルウェー・スタヴァンゲル大学の小野坂優子准教授と京都外国語大学の根本宮美子教授を報告者としてお招きし、ハロウェイ氏とジェンダー研究所長石井クンツ昌子教授がディスカッサントとして登壇した。

小野坂氏は「仕事と家庭と幸福感:日本とノルウェーの視点から」と題する研究報告の中で、日本と比べて大きく進んでいるノルウェー社会の男女共同参画の状況を紹介し、過去30~40年間の変化の背景には政策主導による制度改革があり、それに伴う市民の意識変化が現状をもたらしたと解説した。日本とノルウェーの男女共同参画推進のあり様の差は、夫婦間の家庭内役割分業の意思決定に関する比較優位理論(収入を得る、家事を担当するなどの分担は、得意な分野で特化した方が経済効率が良い)による分析が当てはまる。つまり、男女の収入差が大きい日本では夫が稼ぎ手となり妻が無償ケアワークを担当する「伝統的」分業形態が、収入格差が比較的小さいノルウェーではいずれの役割も男女で共有する「男女平等」分業形態が、経済効率を理由に主流となる。しかし、幸福感という点についてこの分業状況を調査すると、経済効率が良い=幸福感が高いとなるわけではなく、むしろ夫の家事への貢献度が高いことが妻の幸福感を押し上げるといった、男女共同参画の形との相関関係があることが示唆された。日本の男女共同参画および幸福度推進の課題としては、長時間労働とそれを奨励する現在の構造を改革し、女性を労働市場に送り出すと同時に男性を家庭へ引き寄せる制度設計をしたり、育児支援等の制度の目的を、単に女性を働かせるということではなく、人的資源への投資という考え方にシフトすることなどが大事であるとの指摘がなされた。

根本氏の「日本における未婚男性の幸福と家族の変化」と題する報告では、日本の未婚男性の結婚観についてのインタビュー調査結果が示された。この調査は、従来女性の高学歴化・晩婚化ばかりに焦点が当てられていた少子化の分析を、男性の側にも注目するという試みで、特に、近年顕著である高学歴高収入男性の未婚率上昇の背景に迫っている。その結果、日本の独身男性が思い描く結婚のイメージは、いまだに男性稼ぎ手と家庭を守る女性の組み合わせという画一的なもので、そのため、結婚とは幸福をもたらすものではなく、むしろ義務と負担を増加するものととらえられていることが明らかになった。結婚の動機の一つとなり得る性関係についても、様々な性商品やサービスを自分の都合に合わせて消費することが出来るようになり、人との関係性を築くことなしに効率的に手に入れられるようになってきている。こうした性的商品・サービスに限らず、個人の感情面に働きかけて幸福や興奮、連帯感などを提供する労働をアフェクティヴ・レイバーというが、日本はこうした産業が非常に発達した消費サービス依存型経済となっており、こうした経済・産業構造面の変化も、家族を形成しない単身生活者の増加を助長していると考えられる。結びとして、ジェンダー分業を前提とした日本的雇用慣行が変わらない限り、引き続き未婚率は増加し、家族を持つことが幸福を保証するものではないという考え方が定着するのではないかという将来像が示された。

これに続き、ハロウェイ氏からは、まず小野坂報告について、ノルウェーでチャイルドケアや産休育休制度の充実、労働時間の短縮といった男女共同参画政策が成功をおさめたのは、ノルウェーが他国と違って特別だったからではなく、政策の優先順位をそのように設定し、組織や政策を変えることで人々の考え方や価値観が徐々に変化していったからであり、日本や米国においても同様の変化を促すことは可能であるはずだと指摘した。また、根本報告については、終身雇用制の崩壊などの経済社会面での変化が、男性の家族形成行動に変化をもたらし未婚を増加させているにも関わらず、家長=支配者という男性性を求める文化的価値は変わらずに残ったままである点を強調し、どのようにしたら、結婚=義務・負担というイメージを払拭して、家族の親密性に価値を見出すことが出来るようになるだろうかと、会場へ疑問を投げかけた。

石井氏からは、小野坂氏・根本氏ともに幸福に注目している点が興味深いとの指摘があった。社会科学の研究では、社会における問題点、つまり負の部分に目が向けられることが多いが、幸福というポジティブな概念を用いることで新しい発見があるはずだと指摘し、石井氏自身も「ポジティブ社会学」を提唱しているとのことである。また、小野坂報告に関しては、ノルウェーで育児に参加する男性へのインタビューを行った際に、日本は「イクメン」という言葉があると話したら笑われたというエピソードを紹介し、できるだけ早く、日本でも男性の育児参加が常態化して、「イクメン」という特別な呼称が不要になるようになってほしいという希望を述べるとともに、2010年に導入された「パパ・ママ育休プラス」のような制度が社会変革につながる可能性を指摘した。根本報告については、そのアプローチがこれまでの男性性研究とは違った切り口である点を評価し、両報告からは今後の自身の研究にも取り入れていきたいことがらを含めて多くのことを学んだと結んだ。

会場には、主催者の予想を上回る聴衆が参集し、登壇者の話に熱心に耳を傾けて、質疑応答では多くの質問が出された。本シンポジウムの議論の詳細は、後日、IGS Project Seriesの1冊として刊行予定であり、刊行後にはそちらもご参照いただきたい。

(記録担当:吉原公美 IGS特任リサーチフェロー)


小野坂優子氏


根本宮美子氏


スーザン・D・ハロウェイ氏


石井クンツ昌子氏

開催詳細

日時】2016年6月9日(木)18:15~20:15
会場】お茶の水女子大学本館306
報告者
・小野坂優子(ノルウェー・スタヴァンゲル大学)「仕事と家庭と幸福感:ノルウェーと日本の視点から」
・根本宮美子(京都外国語大学)「日本における未婚男性の幸福と家族の変化」
ディスカッサント
・スーザン・D・ハロウェイ (お茶の水女子大学/カリフォルニア大学バークレー校)
・石井クンツ昌子(お茶の水女子大学)
司会】スーザン・D・ハロウェイ、石井クンツ昌子
主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
参加者数】78名