IGS通信

セミナー「近代日本のファッション文化を再考する」

IGSセミナー報告「近代日本のファッション文化を再考する:女性・近代化・対抗文化」(東アジアにおけるジェンダーと政治研究プロジェクト②)

2018年6月26日、「近代日本のファッション⽂化を再考する:女性・近代化・対抗⽂化」と題して、『洋服と日本人』(廣済堂出版、2001年)や『洋裁⽂化と日本のファッション』(⻘⼸社、2017年)の著者井上雅人氏をお招きしてセミナーを開いた。

井上氏はまず近代日本のファッション史の従来の整理に対して、総動員体制と洋裁⽂化という視点を付加することで、洋装史、若者⽂化史(ストリート・ファッション史)、ファッション・デザイナー史と断絶的に語られていたものを一続きの歴史として語ることができると指摘した。その上で、近代日本のファッション史の「神話」を脱神話化しつつ、報告が行なわれた。以下、当日の配布レジュメに従いつつ、まとめておきたい。

神話その1「鹿鳴館以降、洋装化(=衣服の近代化)が始まった」については、「近代化と洋装化は別であり、⽊綿や下駄の普及、武家風の⻑着など、洋装化とは別に起きた近代も見るべきだろう」という。

神話その2「白木屋の火災で洋装が広まった」については、「⼥性の洋装化は、関東大震災と就学率の向上(1923年生まれが 1943 年に成人)が大きい。洋裁が普及し始めるが、良妻賢⺟以前から続く自家裁縫の影響がある」とされる。

神話その3「第2次世界大戦によって、洋装化が中断した」については、「貫戦期を一時代として捉え、総動員体制における徹底した「身体の平等化」と、占領軍が持ち込んだ「⺠主化」という概念の複合した具体的な形として、現在の日本の洋服を中心としたファッションがスタートしている。日本人⼥性の身体を変えるプロジェクトが進行した」という。

神話その4「『アンアン』によって、衣服は作るものから買うものに変わった」については、「ミニスカート以後、近代産業社会的身体を徹底した既製服の活動的身体が⽀配的になっていった。日本のファッションが、自家裁縫と大量生産から、少量多品種生産へと変化して行った。/衣服が、作るものから買うものへと変化し、生産するものから消費財へ変わって行った。洋服のデザインは、「正しさ」から「オリジナリティ」へと価値が移って行った」とされる。

神話その5「1980年代における日本の「ファッション革命」は、劇的に世界のファッションを変えてしまった(Valerie Steele)」については、「日本の社会の「際限なき⺠主化作用」は、85年の「コム・デ・ギャルソン論争」において、「『死霊』もコム・デ・ギャルソンも商品として等価であるという徹底した相対主義」という理解を生んだ。結果、誰もがブランドに振り回され、誰もがブランドを持つことができる社会が到来し」、「80年代のデザイナーたちは、70年代までの日本のファッション界の延⻑にある」という。

その上で、これまでファッション史研究で見過ごされてきた洋裁文化を歴史的に位置づけることによって、「洋裁ブームは、「服装革命」と呼ばれた。1955年『朝日新聞』によれば、和服の着用率は4%まで減少した。洋服=近代産業社会的身体が家庭の領域にまで浸透した」ということがよく理解できるということであった。

男性中心、工業化、政治、有名性を中心に語られて来た歴史において、生活の中で、⼥性たちがいかにして対抗文化をひっそりと育んだか、洋裁を通した⼥性の主体的な文化形成、工業化や生活技術の外部化以外の近代化の道、戦争を挟んで変化したこと変化しなかったことなど、現在の歴史学やジェンダー論への反省的な見直しから浮かび上がってくる近代日本のファッション文化を再考したセミナーとなった。

記録担当:板井広明(IGS特任講師)


《参考書籍》

『洋裁文化と日本のファッション』

井上雅人 著

青弓社 2017年6月刊
ISBN:978-4-7872-3417-9

https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787234179/

《イベント詳細》
IGSセミナー「近代日本のファッション文化を再考する:女性・近代化・対抗文化」

【日時】2018年6月26日(火)18:00〜20:30
【会場】共通講義棟2号館101室
【司会】板井広明(IGS特任講師)
【報告】井上雅人(武庫川女子大学准教授)
【参加者数】62名