IGS通信

セミナー「冷戦初期の日本におけるファッションショー外交」

IGSセミナー(特別招聘教授プロジェクト)
Fashion Show Diplomacy in Early Cold War Japan: A Critical Feminist Perspective
冷戦初期の日本におけるファッションショー外交:フェミニスト視点からの批判的考察

2019年7月10日、ジャン・バーズレイIGS特別招聘教授によるIGSセミナー「Fashion Show Diplomacy in Early Cold War Japan: A Critical Feminist Perspective(冷戦初期の日本におけるファッションショー外交:フェミニスト視点からの批判的考察)」が開催された。講義は、バーズレイ氏が進めている、1950年代日本のファッション文化と冷戦という国際政治の関連性を分析する研究の、方法論を中心とする内容であった。

バーズレイ氏の研究関心は、戦後の日本において、民主主義という概念がどのようにパッケージされて女性たちに届けられたか、という点にある。当時の女性雑誌を開くと、マナーガイドやビューティーガイドを含むページのあちらこちらに、民主的な女性になるためのアドバイスが書かれている。民主主義社会の女性になるには、単に、投票に行くというだけではなく、民主的であることを体現する身体を持ち、化粧や髪形も含めて外見を変える必要があると示唆されていたのだ。そこで、バーズレイ氏は1950年代のビューティコンテストやファッションショーに着目し、その政治的側面の分析を進めた。本セミナーでは、1950年代の日本でのファッションショーの隆盛は、占領期および冷戦初期の米軍の駐留に深く関連していることが指摘された。

米国の女性たちがファッションショーを行うようになったのは、第一次世界大戦後のことである。始まりは、東海岸のエリート女性のクラブが行う、傷病兵のための愛国的な慈善活動だった。その後ファッションショー文化は他の女性グループに広がりを見せ、アフリカ系米国人の女性グループや、アジア系米国人女性グループによるショーなども開催されるようになった。第二次大戦後、その文化は、米国軍人の妻やGHQで働く女性たちにより日本にもたらされた。様々な社会背景を持つ米国人女性により構成されたクラブでのファッションショーは、ファッションショーが好きであることを共通項とする、ある種平等な場となった。そして、米国人女性たちは、自分たちが開催するファッションショーに、日本人女性を招待した。そこでファッションモデルを務めた女性たちの装いやふるまいは、ただ美しいだけではなく、民主的な女性のモデルとなったのだ。そのようなファッションショーのあり方を、ジェンダー視点から批判的に考察するために有効な論考が紹介された。

『日本の冷戦』の著者、アン・シェリフは、日本の戦後は戦前との対比によって語られることが多いが、冷戦初期という視点を入れて分析する必要があると指摘している。1950年代のファッションショー文化については、前述のとおり、この点が鍵である。クリスティーナ・クラインは、『冷戦オリエンタリズム』において、アジアを舞台にした映画や小説が、米国内でのイデオロギー普及で果たした役割に言及している。それらの作品群が語るのは、米国は世界中に友人を作らなくてはいけない、ということであった。人と人とのつながりによって、米国は世界中の人々に自由をもたらすことができる。ヨーロッパの帝国主義とは異なり、違いを尊重しつつ、同じ価値観でつながるという考えも強調された。しかし、そこにはやはり帝国主義的な権力関係が存在していたことを、『デモクラシーの教育学』を記した小碇美鈴が「インペリアル・フェミニズム」という概念で説明している。来日した米国人女性たちの意識の中には、自分たちが手本となって、日本の女性たちに、米国式の女性の解放について教えようという考えがあったという。米国人女性がモデルを務め、日本人女性がその姿に憧れたファッションショーの図式には、この権力関係があるといえる。このようなファッションショーの場が持つ性格を上手く説明してくれるのが、マリー・プラットの「コンタクトゾーン」という概念である。コンタクトゾーンとは、異なる文化が出会って衝突やもみ合いが発生する場であり、両者の力関係には強弱があることが常である。日本におけるファッションショーの場は、まず米国内の各地そして各社会階層から集まってきた女性たちのコンタクトゾーンであり、そこの女性たちと日本の女性たちのコンタクトゾーンであるという、複雑な構造がある。

歴史文化的背景と分析概念が整理されたところで、セミナーは、聴衆との議論を交えつつ進められた。日本人デザイナーの作品を審査するティナ・レザー賞の実施や、サンフランシスコ講和条約締結を祝賀してのファッションショーの開催、日本人モデルの養成など、このコンタクトゾーンで、どのような出来事が展開されたか示された。さらには、聴衆からのコメントを受けて、女性たちが自宅のミシンで服を縫う洋裁文化や、大量生産に伴うボディサイズの規格化、現代のファストファッションの背景にある植民地主義の歴史、共産圏においてファッションが果たした役割などに話題は広がり、熱の入った議論が交わされた。本研究は、先々書籍刊行をする計画とのことであり、その刊行が楽しみである。

記録担当:吉原公美(IGS特任リサーチフェロー)

《参考文献》

  • Sherif, Ann (2009) Japan’s Cold War: Media, Literature, and the Law, New York: Columbia University Press.
  • Klein,Christina (2003) Cold War Orientalism: Asia in the Middlebrow Imagination, 1945-1961, Berkeley: University of California Press.
  • Koikari, Mire (2008) Pedagogy of Democracy: Feminism and the Cold War in the U.S. Occupation of Japan, Philadelphia, PA: Temple University Press.
  • Koikari, Mire (2015) Cold War Encounters in US-Occupied Okinawa: Women, Militarized Domesticity and Transnationalism in East Asia, Cambridge University Press.
  • Pratt, Mary Louise (1991) ‘Arts of the Contact Zone’, Profession, No.91 pp.33-40.
  • Pratt, Mary Louise (1992) Imperial Eyes: Travel Writing and Transcription, New York: Routledge

《開催詳細》
【日時】2019年7月10日(水)15:30~17:00
【会場】国際交流留学生プラザ2階 多目的ホールA
【報告者】ジャン・バーズレイ(IGS特別招聘教授/ノースカロライナ大学チャペルヒル校教授)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】英語
【参加者数】16名
【開催案内】http://www2.igs.ocha.ac.jp/events2019/#2019710