2025.2.10 IGSセミナー
「沖縄における共有地とジェンダー:家父長制と軍事化の相関を問う」
報告者の桐山節子氏は、2019年刊行の単著『沖縄の基地と軍用地料問題:地域を問う女性たち』(有志舎)に新たな知見を加え、「沖縄における共有地の軍事化と女性の立場:接収された総有の軍用地から」と題する報告を行った。
桐山氏の報告は、1990年代から2000年代にかけて沖縄県国頭郡金武町で展開された、米軍基地の軍用地料獲得をめぐる女性たちの運動をとりあげた。金武町金武区の入会団体(共有地である入会地を共同で利用・管理する団体)では、設立以来、軍用地料の配分対象であり議決権を持つ正会員は男子孫のみに限定されてきた。女子孫が正会員から除外される状況は、女性差別として問題視された。2002年に始まった杣山訴訟では、金武区の女子孫によって結成された「人権を考えるウナイの会」(以下、「ウナイの会」)のメンバーが原告となり、金武入会団体を提訴。特に、他出自の配偶者と婚姻した女子孫の入会資格が争点となった。桐山氏によれば、「ウナイの会」の特徴は、会則の改正を求めつつ、基地賃貸料の獲得と同時に地域の基地被害への抗議も行っていた点にあるという。原告らは戦中・占領期を経験し、男性と同様に働き続けてきた労働者であったことが、女性差別を許さない運動へとつながったのではないかと指摘する。また、軍用地料獲得の動きの背景には当時の経済悪化も存在し、「金目の問題」と評されることもあった。しかし現在では、ジェンダー問題として認識され、議論されている。
第一コメントとして戸邉氏は、主に3点を指摘した。1つ目は、入会権を男系直系子孫に限定する家父長制的な「旧慣」は、近現代沖縄の政治のなかで形成された比較的新しい「創造された伝統」ではないかという点である。桐山氏の単著は、この「作られた伝統」としての家父長制を実証的に跡付けた労作であると評価する。2つ目は、反基地運動への参加と軍用地料の獲得を求める運動は「矛盾」であるのかという点である。戸邉氏は、人権や生存、解放を求める際に「矛盾」と映るのは、その要因が社会構造の側にあると指摘する。3つ目は、女子孫の権利拡大は本当に女性たちの「勝利」と言えるのかという点である。コミュニティの再生産危機によって会員資格の変更が容認されたが、ウナイの会等の女性メンバーの高齢化が進むなかで、その継承が可能なのかという疑問が呈された。また、土地所有権からの女性排除を、前近代の家父長制以来の普遍(自然)とみなして議論するのではなく、土地所有史の議論がジェンダー研究を含めた近接する研究領域へ開かれることの重要性を強調した。
第二コメントとして大橋氏は戸邉氏の議論を受け、沖縄の地代上昇の契機として、島ぐるみ闘争・本土復帰・1995年の少女暴行事件が大きく関与している点を指摘した。新開地の女性たちとウナイの会の複雑な関係に触れ、少女暴行事件を契機に地代が上昇したこと、そしてその支払い・受け取りの決定から女性が排除されている点に注目する必要があると述べた。また、中国においては農地の使用権が世帯単位であることを指摘する。背景には、夫方居住婚を前提とした男性優位主義や、一人っ子政策と結びついた男児選好があり、そのために女性は土地を分配されず、結婚時に土地へのアクセスを失うことで社会的地位の低下につながるという。大橋氏はこのようなローカルな「伝統」が市場経済の中で深刻な問題として顕在化しており、沖縄の状況とも連動していると述べ、「伝統」の見直しが必要だと指摘した。植民地化の歴史的過程において、新開地は生産手段(土地)へのアクセスから排除されてきた女性たちを包摂してきたのではないかと指摘する。性暴力問題や新開地の盛衰と、入会地といった土地への女性のアクセスとの相互関係についても言及し、桐山氏へ「フェミニスト的なコモニングの模索は可能か」と問いかけ、コメントを締めくくった。
質疑応答では、琉球王国時代から続く沖縄の門中制度と、議論の対象となった分配金制度との関連性、本土と沖縄の入会地制度の相違点について質問が寄せられた。また、本セミナーのポスターにある趣旨説明についても解説を求める声が上がった。本セミナーは、本学外部からの参加者が多く、属性や年代も様々であった。質疑応答でも普段のジェンダー研究を扱うセミナーとは異なる雰囲気で、戸邉氏が積極的に応答する場面が多かった。沖縄の軍用地という複雑な問題は、入会地の利権や運動のみならず、歴史的な経済状況、相続・所有をめぐる政治・法律の視点からの議論が必要である。戸邉氏のコメントにもあったように、歴史学的な土地をめぐる議論にはジェンダー視点が非常に欠けており、これは土地所有とも関連する反基地闘争においても同様である。米軍基地・軍用地、ひいては土地・所有とジェンダーについての議論は今後も深めていくことが望まれる。
髙橋奏音(お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科ジェンダー社会科学専攻)
《イベント詳細》
IGSセミナー
「沖縄における共有地とジェンダー:家父長制と軍事化の相関を問う」
【日時】2025年2月10日(月)16:00-18:00
【会場】お茶の水女子大学共通講義棟2号館102室
【報告】
桐山節子(同志社大学嘱託研究員)
【コメント】
戸邉秀明(東京経済大学教授)
大橋史恵(お茶の水女子大学ジェンダー研究所准教授)
【司会】
嶽本新奈(お茶の水女子大学ジェンダー研究所特任講師)
【主催】ジェンダー研究所
【言語】日本語
【参加者数】73名