IGS通信

セミナー「日本の大学における外国人女性教員のアイデンティティ理論」

IGSセミナー「日本の大学における外国人女性教員のアイデンティティ理論:ジェンダーの観点から」

2021年2月16日(水)IGSセミナー「日本の大学における外国人女性教員のアイデンティ理論:ジェンダーの観点から」がオンライン開催された。ダイアン・ホーリー・ナガトモお茶の水女子大学教授とリチャ・オーリ千葉大学講師を講師に招き、司会は戸谷陽子IGS所長が務めた。

写真左から:ナガトモ、オーリ、戸谷

ナガトモ氏は、英語教員のジェンダーとアイデンティティの研究に長きにわたり取り組んでいる。本セミナーでの研究報告「日本の大学における外国人教員とジェンダー」では、これまでに実施した研究プロジェクトを通じて、研究関心がどのように発展し、最新の研究成果である2020年刊行の共編著書『Foreign Female English Teachers in Japanese Higher Education: Narratives From Our Quarter』刊行に至ったかが語られた。

ナガトモ氏が同分野の研究を開始したのは2005年ごろで、当初は、特にジェンダーを意識してはいなかったという。しかし、大学の英語教員を対象にしたインタビュー調査で明らかになったのは、女性たちが大学で英文学を専攻して教員になるというキャリアに、ジェンダーが大きく関係していたという事実であった。1960~80年代に学生であった女性たちにとって、英文学部は、親が好ましいと思う「お嬢様的」で「適切」な進路だった。数学専攻などと違って男性との厳しい競争を勝ち抜く必要はなく、将来結婚して専業主婦になったのちも自宅で子どもたち相手の英語教室を開いたりできると、親たちは娘を説得したのだった。

次の研究プロジェクトでは、日本人の配偶者をもつ外国人女性英語教師を対象としたインタビューを実施した。その聞き取りからは、彼女たちの職業的アイデンティティ形成には、ジェンダーと国籍が重要な要素であることが浮き彫りになった。外国人であるために雇用条件が不利であった経験や、日本の「ネイティブ・スピーカー主義」が、アイデンティティ形成に影響を与えるのだ。続いて男女の外国人英語教師へのインタビューによる男女比較の調査をしたことで、外国人女性教員たちの経験への関心がますます高まってきた。そこで、共同研究者たちと取り組んだのが、外国人女性教員の自伝的語り(autographical narrative)を編纂するというプロジェクトである。

このプロジェクトには、国籍、民族、性的アイデンティティ、年齢、雇用形態、既婚未婚の別など、多様なバックグラウンドを持った23名の執筆者が参加し、それぞれがユニークな語りを提供している。ナガトモ氏は、自伝的語りは、学術研究の分野では比較的新しい手法であると説明した。これには、研究者がインタビュー内容を解釈したり分析したりするのではなく、参加者が自分の言葉で自分のストーリーを語るという特徴がある。利点としては、職業的アイデンティティの形成過程や維持についてより深い理解をもたらすこと、参加者にとって変革的な自己認識の経験となること、そして、一般読者にとっても分りやすく刺激的な研究成果を提供できることがあるという。そうした利点は、続いて登壇したオーリ氏の研究報告からも見て取れる。

オーリ氏はナガトモ氏のプロジェクトの執筆者のひとりである。「アイデンティティの重要性:『劣等』アイデンティティとされる重荷を背負って」と題する研究報告では、この執筆の経験を基に、個々人が自分のアイデンティティについて考えることを通じて自己省察することの意義を説いた。

オーリ氏の職業的アイデンティティの中で大きな位置を占めているのは、「英語を話す外国人」であることと「女性」であることであるが、二つのカテゴリーはその字面以上の複雑性をはらんでいる。オーリ氏は、日本における「英語を話す外国人」には人種による階層があることを、英語教員としての就職活動を通じて実感したという。語学教室などで期待される「ネイティブ・スピーカー」像には、「白人」であることも暗に含まれている。インド出身のオーリ氏は「英語を話す外国人」でありながら、それだけでは十分ではないと認識されることを、「劣等(lesser)」アイデンティティという言葉で表した。

女性であることも、男性と同じように働けるか、という暗黙の前提条件がある中では「劣等」のアイデンティティとなる。例えば、他の多くの女性が経験するように、オーリ氏も、採用面接の際に、子どもを持つ予定はあるかと質問されたという。男性への面接では話題にならないと思われるこの質問に、反射的に「ない」と答えてしまったことについて、オーリ氏は「プロらしくない」と思われたくなかったのだと振り返る。これは、女性であるという「劣等」のアイデンティティが重荷となっていることの表れとも言える。

私たちは、無意識のうちにアイデンティティに縛られている。アイデンティティは、周りが自分をどう見るかと、自分は自分をどう見るかが相まって形成され、それがどのような行動をとるかの動機、理由、原因となったりする。オーリ氏は、このような無意識の作用について自問してみることが大切だと強調した。ひとりひとりがアイデンティティについて自己認識し、そのアイデンティティが持つ意味や負荷について自己省察すること、そしてまたそれについて語ることは、より平等で公正な社会の構築につながるのではないかとの示唆もなされた。

2つの報告を通じて、日本の大学の外国人女性英語教員をめぐる状況について知ると同時に、自伝的語りという研究手法や、アイデンティティ研究の意義についても理解を深めることができた。少子高齢化やグローバル化を背景にダイバーシティの推進が求められている昨今、公正な社会の実現にむけて、アイデンティティについての理解や議論は今後一層重要になっていくだろう。

記録担当:吉原公美(IGS特任リサーチフェロー)


《参考書籍》

 

Foreign Female English Teachers in Japanese Higher Education: Narratives From Our Quarter.

Edited by Diane Hawley Nagatomo, Kathleen A. Brown, and Melodie L. Cook

Candlin & Mynard ePublishing, 2020
ISBN: 9781005291242

https://www.candlinandmynard.com/female-teachers.html

 

《イベント詳細》

【開催日時】2021年2月16日(火)15:00~16:30
【会場】オンライン(zoomウェビナー)開催
【研究報告】
ダイアン・ホーリー・ナガトモ(お茶の水女子大学教授)
「日本の大学における外国人教員とジェンダー」
【研究報告】
リチャ・オーリ(千葉大学講師)
「アイデンティティの重要性:「劣等」アイデンティティとされる重荷を背負って」
【司会】戸谷陽子(お茶の水女子大学教授/IGS所長)
【言語】英語・日本語(同時通訳あり)
【参加者数】101名